第69話 新鋭戦艦vs老朽戦艦
小まめな転舵や時に加速や減速を交え、のらりくらりとこちらの射弾を躱し続ける敵五番艦。
逆にその敵五番艦は自身の機動が邪魔をして、こちらに対して命中弾どころか至近弾すらも得るに至っていない。
その艦型から「サウスダコタ」級戦艦と思われる目標に対して空振りを繰り返してきた三六センチ砲。
しかし、さすがに至近距離にまで近づけば敵を捉えはじめる。
ようやくのことで夾叉を得ることが出来、次こそは命中させることがかなうと歓声に湧く「比叡」の艦橋だったが、しかしその喜びは長くは続かなかった。
「敵一番艦発砲、本艦が目標の可能性大!」
見張りの絶叫のような報告に、第三戦隊司令官の石川少将をはじめとした艦橋にいるその誰もが顔色を失う。
逃げ回る敵五番艦を追い回すのに夢中になり、そのうえ「大和」をはじめとした第一戦隊の支援砲撃も得ていたから、その意識は攻撃一辺倒となり周囲への注意がおろそかになっていた。
そもそもとして、第一戦隊の「大和」型戦艦を放置しておいて、旧式の「金剛」型戦艦の撃破にすべての米新型戦艦がその全砲門を向けてくるなど夢にも思っていない。
そのうえ悪いことに敵の一番艦と「比叡」の距離は昼戦としてはあまりにも接近しすぎていた。
致命的なまでに敵の意図に気づくのが遅れたのだ。
衝撃を受けた精神を立て直すよりも先に敵一番艦の四〇センチ砲弾が「比叡」の周囲に降り注ぐ。
夾叉こそされていないが、その着弾位置はあまりにも近い。
「敵五番艦への砲撃を続行しろ! すでに夾叉は得ている。今さら敵一番艦に砲門を向けてもどうにもならん!」
吠えたてるように命令する石川司令官の顔面は蒼白だ。
心なしか、その声にはわずかばかりの震えが交じっているようにも思える。
次の瞬間、「比叡」が主砲をぶっ放す。
この戦いにおける初めての全門斉射だ。
八発の三六センチ砲弾が飛翔する間に敵一番艦が放った第二射が「比叡」の周囲に着弾する。
前後左右を取り囲むように水柱がそそり立つ。
あまりにも近すぎる間合いは、第二射をして敵に夾叉を与えることになったのだ。
その頃には「比叡」が放った斉射弾が敵五番艦に着弾している。
七本の水柱がわき立つと同時に敵五番艦の後部にも爆煙がわき上がる。
「比叡」の艦橋もまた歓声でわき上がる。
当てられるものなら当ててみろと言わんばかりだった、あるいはこちらを挑発するかのような回避機動を続けていた敵五番艦にようやくきつい一発を食らわせることが出来たのだ。
溜飲が下がるとはまさにこのことだろう。
だが、その喜びも長くは続かない。
敵一番艦の第三射が降り注ぎ、「比叡」艦橋に強烈な振動が生じる。
「艦後部に被弾! 火災発生、四番砲塔旋回不能!」
被害応急を指揮する副長より焦燥交じりの報告が上がってくる。
三六センチ砲弾はもちろん、距離によっては重巡の二〇センチ砲弾ですら危険と言われる「比叡」の防御力、その彼女に四〇センチ砲弾に耐えられる道理は無い。
戦力を著しく減殺された「比叡」だが、それでも勝利を、生存をあきらめたわけではない。
敵五番艦に叩き込むべく、「比叡」が反撃の意志を込めた六発の三六センチ砲弾を吐き出す。
だが、次の瞬間これまでにない衝撃が「比叡」を襲う。
石川司令官以下、第三戦隊司令部スタッフが転倒しそうになるほどの大揺れだ。
敵一番艦の「ニュージャージー」から放たれた九発の四〇センチ砲弾、しかもそのうちの二発までが命中したのだ。
そのうちの一発は機関室に飛び込みボイラーを爆砕、もう一発は旋回不能になっていた四番砲塔に命中してこれを叩き割った。
動力源に深刻なダメージを被った「比叡」は徐々に速度を落としていく。
そこへ再び九発の四〇センチ砲弾が降り注ぐ。
それら砲弾は速度を衰えさせた「比叡」の前方海面に水柱を立ち上らせる。
速力低下によって難を逃れた「比叡」だったが、その幸運も長くは続かない。
「比叡」の脚が衰えたことを察知した「ニュージャージー」は諸元を改めて発砲、そのうちの八発までは先程と同様に前方海面に集中したが、残る一発が艦首喫水線付近に命中する。
四〇センチ砲弾は「比叡」の無防備な艦首を食いちぎる。
そこから大量の海水が流れ込んできた。
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