第68話 事前準備

 手段を問わず、貪欲なまでに相手のことを調べあげ、念入りにシミュレーションを繰り返す。

 図上演習で出た都合の悪い賽の目を権力者の意に沿うように平気で変えてしまうような、そんなどこかの恥知らずな海軍のような真似はしない。

 さらに、その策定された計画に誤謬あるいは齟齬は無いか、第三者視点をもって計画担当者以外の者がそれこそ己の誇りをかけて徹底的に洗い出す。

 そこに仲間に対する忖度は一切ない。

 上官に対してもまた同様だ。

 重要なのはファクトでありエビデンス。

 そこで、もし少しでも瑕疵が見つかれば、その都度修正を施して完璧なものに仕上げていく。

 合衆国海軍の指揮官に、出たとこ勝負といった馬鹿な言葉を使う者がいたら、そいつはきっと愚か者のレッテルを貼られることだろう。

 日本艦隊との戦いの準備にあたって、リー提督に手抜かりは無い。


 「『大和』型戦艦はそのいずれもが目標を変更。友軍一番艦から四番までのそれをそれぞれ五番艦から八番艦に変えて砲撃を開始しました!」


 日米の戦艦同士の砲撃戦に伴う喧噪の中、その声が誰のものなのかは判然としなかったが、しかしそのようなことは今はどうでもいい。

 問題はその中身だ。


 「そうきたか! 『大和』型戦艦は自分たちが対応艦に撃たれるがままになったとしても、それでも『金剛』型戦艦の突撃を支援、あるいは庇いだてしようというのだろう。

 意外に仲間思いの連中だ。

 ならばこちらはプランDを発動する。所定の手順に従って各艦行動せよ」


 リー提督の命令一下、第三・一任務群の各艦艇が慌ただしく動き始める。

 そのリー提督はあらかじめ日本海軍の第一艦隊が自分たちと交戦した場合にどのようなアクションをとってくるか、考え得る限りの想定を事前に洗い出していた。

 そのうち、プランDはすべての敵戦艦がこちらの半数の戦艦、それも後方に位置するそれに撃ちかけてきた場合の行動を策定したものだ。


 「『マサチューセッツ』と『アラバマ』、それに『ワシントン』と『ノースカロライナ』は回避運動に入れ。命中は期待出来んが砲撃は継続。

 『ニュージャージー』と『アイオワ』、それに『サウスダコタ』と『インディアナ』は目標を変更。

 『ニュージャージー』は敵五番艦、『アイオワ』敵六番艦、『サウスダコタ』敵七番艦、『インディアナ』は敵八番艦を狙え。

 現在のところ、これら一番艦から四番艦までの友軍戦艦は、そのいずれもが敵戦艦からその目標とされていない。十分に引き付けてから撃っても大丈夫だ。各艦は距離二〇〇〇〇ヤードで砲撃を開始せよ。『金剛』型戦艦は装甲が薄い。一気に仕留める!」


 リー提督が指揮する戦艦は二隻の「アイオワ」級と四隻の「サウスダコタ」級、それに二隻の「ノースカロライナ」級の合わせて八隻だ。

 そのいずれもが四〇センチ砲を九門装備し、その中でも「アイオワ」級の二隻は威力の大きい五〇口径の長砲身を採用している。

 これらのうち、後方に位置するそれぞれ二隻の「サウスダコタ」級と「ノースカロライナ」級が八隻の日本戦艦から砲撃を受けている。

 「サウスダコタ」級と「ノースカロライナ」級は旧式戦艦とは比較にならないくらいの戦力を擁しているが、それでも敵の新旧二隻の戦艦による同時攻撃を受ければさすがに分が悪い。

 まともに脚を止めて撃ち合えば、明らかにクラスが上の「大和」型戦艦に撃破されてしまうだろう。

 ならば正面から戦うことは無い。

 旧式戦艦とは隔絶した運動性能を生かしてのらりくらりと敵弾を躱せばいいのだ。

 もちろん、そのことで単縦陣のフォーメーションは少しばかり崩れてしまうが、隊列を維持して滅多打ちを食らうよりは遥かにマシだ。


 リー提督の命令一下、「ニュージャージー」と「アイオワ」、それに「サウスダコタ」と「インディアナ」はそれぞれが対応する「金剛」型戦艦に砲身を向ける。

 優秀な射撃管制システムに加え、友軍機動部隊の奮闘のおかげで観測機も使い放題だ。

 そのうえ命中率が高い近距離砲戦となれば、当たらないほうがどうかしている。

 そんな自分たちに向けて今となっては古めかしいスタイルの四隻の戦艦が肉薄、その姿を大きくさらけ出そうとしている。

 「ニュージャージー」と「アイオワ」、それに「サウスダコタ」と「インディアナ」は諸元入力を急ぐ。

 白波を蹴立て驀進してくる「金剛」型戦艦がこちらのキルゾーンに入ってくるまでさほど時間は無かった。

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