第67話 事前想定

 機動部隊同士の洋上航空戦、その戦いにおける前哨戦とも言うべき索敵戦で四式艦偵が発見した米水上打撃部隊は二つあった。

 そのうちの一つは八隻の新型戦艦を基幹とし、もう一つは六隻の旧式戦艦を主力としている。

 当然、新型戦艦を相手どるのは最強部隊である第一艦隊の仕事だし、なによりそのための「大和」型戦艦だ。

 敵水上打撃部隊の概要が分かった時点で沢本長官は作戦参謀と砲術参謀に二つの想定とそれに対応するための戦策を考案するよう命令していた。


 想定のうちの一つは八隻の米新型戦艦がすべて第一戦隊の「大和」型戦艦に向けて発砲してきた場合。

 もう一つは「大和」型戦艦とともに第三戦隊の「金剛」型戦艦にも砲撃を行った場合だ。

 「金剛」型戦艦を無視してダブルチームで「大和」型戦艦と戦うか、あるいは各艦一対一のタイマン勝負に出るか。

 圧倒的に可能性が高いのは米新型戦艦が二隻がかりで「大和」型戦艦に攻撃を仕掛けるケースだ。

 最大脅威から排除していくのは集団戦のセオリーだし、格上に対しては数を頼んでボコるのもまたセオリー中のセオリーだ。


 だが、実のところこれが第一艦隊にとっては最も都合がいい。

 「金剛」型戦艦が敵の内懐に突入して暴れ回ったマーシャル沖海戦の再現が期待できるからだ。

 やっかいなのは「大和」型戦艦と「金剛」型戦艦の両方に攻撃を仕掛けてきた場合だ。

 敵戦艦の半数が「大和」型戦艦を牽制している間に残る半数が「金剛」型戦艦を撃滅、その後速やかに二対一の戦いに持ち込むという考えたくない想定。

 世界最強を自負する「大和」型戦艦も旧式戦艦相手ならともかく二倍の数の新型戦艦を相手にするのは正直言ってかなりきつい。

 もちろん、「金剛」型戦艦がやられる前に「大和」型戦艦がタイマン勝負で米新型戦艦に撃ち勝てばいいのだが、「大和」型戦艦vs米新型戦艦、それに米新型戦艦vs「金剛」型戦艦であれば、その戦力差からかなりの確率で「金剛」型戦艦のほうが先に参ってしまう公算が大きい。


 このやっかいな状況想定について作戦参謀が出した答えはシンプルだった。

 「金剛」型戦艦が米新型戦艦に撃ち勝とうと思えば遠距離砲戦による大落角弾で水平装甲をぶち抜くかあるいは思い切り肉薄、残速が十分な三六センチ砲弾をもって垂直装甲を貫くかのいずれかだ。

 常識的に考えて、「金剛」型戦艦が一方的に不利になる中間距離での殴り合いはあり得ない。

 正攻法で戦えば、やられるのは十中八九「金剛」型戦艦のほうだからだ。


 第三戦隊が取り得る選択肢は接近戦か長距離戦かのいずれかだ。

 もし、第三戦隊が接近戦を志向すれば第一戦隊はただちに目標を「金剛」型戦艦を狙っている米新型戦艦に切り替えて第三戦隊の突撃を支援する。

 逆に第三戦隊が長距離砲戦を仕掛けた場合は、「大和」型戦艦はそのまま対応艦への砲撃を継続する。

 いくら優秀な射撃レーダーを持つ米新型戦艦といえども、長距離砲戦で命中弾を得るのは容易ではない。

 そうなると、第三戦隊が接近戦を選択した場合、第一戦隊はしばらくの間は敵戦艦に撃たれるままになってしまうが、そこは「大和」型戦艦の分厚い装甲がものを言う。

 四六センチ砲弾ならばともかく、四〇センチ砲弾であれば「大和」型戦艦はかなりの耐久力を発揮してくれるはずだ。


 沢本長官は作戦参謀の戦策を脳内で吟味する。

 第三戦隊の石川司令官の性格からすれば、長距離砲戦を選ぶ可能性が高い。

 能弁で、そのうえ大言壮語癖がある人間は、いざという時には腰砕けになってしまう者が多いというのがその根拠だ。

 そう考えていた沢本長官の予想は、しかし大いに裏切られる。

 米新型戦艦が「大和」型戦艦と「金剛」型戦艦の両方に砲撃を仕掛け、それに対して第三戦隊が米新型戦艦に向かって突撃を開始したからだ。

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