第66話 予想外

 すでに米軍も「大和」型戦艦が四六センチ砲を搭載していることを掴んでいる。

 だから、戦前は多くの者が米戦艦は「大和」型戦艦に対してはタイマン勝負を挑むことはなく、数に頼った戦いを仕掛けてくると考えていた。

 万事に合理的な米軍が格上相手に一対一でぶつかるような真似などするはずがない。

 第三戦隊を指揮する石川司令官もまたそう考えていたうちの一人だった。

 だが、五番艦に位置する「サウスダコタ」級と思しき戦艦は「比叡」に向けてその砲門を向けてきた。


 「話が違うではないか!」


 石川司令官は「比叡」艦橋で罵声を発する。

 米戦艦は集団戦のセオリーに従い、まずは最大脅威である「大和」型戦艦にその的を絞ってくる。

 相手が八隻であればダブルチームで四隻の「大和」型戦艦を叩き潰し、しかる後に「金剛」型戦艦の始末にかかってくる。

 だがしかし、その予想が完全に外れてしまったのだ。


 もともと、石川司令官は第三戦隊の運用については敵戦艦が「大和」型戦艦を攻撃している間にその韋駄天を生かして至近距離まで肉薄、高い残速を持つ三六センチ砲弾をもって米新型戦艦の横腹にそれを突き込んでやればいいと考えていた。

 実際、マーシャル沖海戦では当時同じく第三戦隊を率いていた角田司令官がこの戦法によって米戦艦を撃破、同海戦で指揮を執った高須司令長官とともに国民的英雄となっている。

 角田司令官の勇猛な戦いぶりは連日新聞紙面をにぎわせ、さらに映画化の打診まであったらしい。

 また、彼の郷里では「突撃まんじゅう」とか「肉薄せんべい」といった便乗商法丸出しの土産物がそれこそ雨後の筍のように次々に発売されたという。


 その角田司令官より三期下の石川司令官もまた、同じように米戦艦を撃破して凱旋することを夢想していた。

 なにより、角田司令官が相手どったのが「金剛」型戦艦とほぼ同世代の「ペンシルバニア」級やあるいは「オクラホマ」級といった旧式戦艦だったのに対し、今回の相手は新型戦艦だ。

 明治時代に設計、建造が開始された「金剛」型戦艦で米最新鋭戦艦を討ち取れば、そのインパクトはマーシャル沖海戦のそれとは比べものにならないはずだ。


 第三戦隊については、あらかじめ沢本長官からかなりの自由裁量が与えられていた。

 「金剛」型戦艦は脚が速い代わりに攻撃力も防御力も低い。

 無理に「大和」型戦艦に合わせた戦い方をしなくてもいいということだ。

 その「金剛」型戦艦が取り得る選択肢としては、遠距離砲戦に徹して大落角弾で相手の水平装甲をぶち抜くか、あるいは思い切り肉薄して垂直装甲を貫くかのいずれかになる。

 中距離で戦えば「金剛」型戦艦の三六センチ砲弾は米新型戦艦の装甲を貫通出来ないのに対し、相手の四〇センチ砲弾はまず間違いなくこちらの装甲を貫通する。

 中途半端な距離での戦闘は「金剛」型戦艦にとっては緩慢な自殺と同義と言ってもいい。


 それでも、現状を考えれば石川司令官が取れる手段は実質的に近距離砲戦のみだった。

 こちらに制空権があれば観測機を使うことで遠距離からでもある程度は正確な砲撃が望めたが、航空優勢の獲得に失敗した以上それはかなわない。

 もちろん、考え方によっては遠距離から撃ちあうことも一つの手段ではある。

 第三戦隊が粘っている間に「大和」型戦艦が敵の一番艦から四番艦を仕留めてくれれば一気に状況は日本側有利となる。

 だが、それが画餅なのも明白だ。

 もし、「金剛」型戦艦が長距離砲戦を志向すれば、五番艦以降の米戦艦は目標をさっさと「大和」型戦艦に切り替えるだろう。

 観測機が使えない状況下での長距離砲撃はつまりは狙われる側からすれば被弾する可能性は極めて低い。

 そんな消極的な砲撃を行う三六センチ砲搭載戦艦相手になにも無理して付き合う必要は無い。


 それでも第三戦隊が長距離砲撃戦を挑むとして、戦果が挙がればそれはそれで問題は無い。

 だが、そうでなければ第三戦隊は我が身可愛さのあまり及び腰の砲撃を行ったとして批判にさらされることは間違いない。

 少なくとも司令官の首は間違いなく飛ぶ。

 これらのことを勘案し、石川司令官は接近戦を命じる。

 背中に嫌な汗が流れていることを自覚しつつ。

 引くに引けない、進退窮まった状況の中で「比叡」以下四隻の「金剛」型戦艦は加速を開始した。

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