第64話 日米戦艦激突
敵艦の撃破よりも制空権獲得を第一とし、その目的に従って搭載機のそのほとんどを戦闘機で固めた。
それでもなお米軍との力の差は大きく、機動部隊同士の洋上航空戦に敗北した。
当然のことながら、そのことで制空権を敵手に奪われてしまっている。
そのような厳しい状況の中にあって、さらにそのうえ強大な敵との対峙を強いられているのにもかかわらず第一艦隊の、特に四隻の「大和」型戦艦を擁する第一戦隊の将兵らに悲壮感は無かった。
観測機を使えないのは確かに痛い。
しかし、そこは艦の性能と将兵の腕で補えばいい。
戦争が始まってから二年半が経ち、「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「紀伊」の射撃管制装置は竣工時のそれから大きく進化している。
観測機が使えずとも戦いようはあった。
一昨年のインド洋海戦。
その戦いに臨むにあたってドイツと事前に約束していた巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の供与は反故にされた。
そのうえ当時の第二艦隊がやっとの思いで鹵獲した英空母「インドミタブル」ならびに「フォーミダブル」までドイツは寄越せと言ってきた。
もちろん、貴重な装甲空母をタダで与えるほど帝国海軍もお人好しではないし、約束を破ったドイツもまた同盟国への配慮としてしかるべき対価を支払う意向を持っていた。
結局、それぞれ二隻の巡洋戦艦と空母を渡す代償として帝国海軍はドイツ製の航空機や工作機械、それとともに射撃管制装置や電子兵装、それに人造石油などの技術供与を同国に対して申し入れた。
この要求に対し、独裁者の割に意外に律儀なヒトラー総統は「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の供与を反故にした引け目もあってか、帝国海軍の申し入れに対してほぼ満額回答でこれにこたえた。
そして現在、ドイツから供与された技術は間違いなく帝国海軍艦艇の血肉となっている。
「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「紀伊」の四隻の「大和」型戦艦はブリスベン沖海戦で受けた損傷を修理する際、ドイツから技術供与を受けた射撃照準レーダーを導入、さらに測距儀をはじめとした光学兵器もまたドイツ製の優秀なものに置き換わっている。
「大和」型戦艦の測距儀は一五・五メートルという長大な基線長によって精度を出しているが、一方でガラスをはじめとした主要パーツの品質は決して高くはない。
これは他の戦艦も同じことで、光学技術の低劣さは日本の戦艦の泣き所といってもよかった。
だから、この機会にとばかりに帝国海軍は世界最高水準の光学技術を誇るドイツに対して測距儀の部品供与あるいは技術提供を依頼したのだ。
これに対し、技術流出を嫌うドイツ光学業界の反対があったものの、そこはヒトラー総統の鶴の一声で帝国海軍への便宜が図られた。
それは他の戦艦も同じで、「長門」型をはじめとした一〇隻の旧式戦艦もまた「大和」型と同様に射撃管制装置を旧来のものから一新している。
「ドイツ人のテクノロジーと日本人のテクニックが融合すればそれこそまさに鬼に金棒」
帝国海軍の鉄砲屋の多くがそう考えたが、それは先程の対空戦闘で証明された。
第一艦隊に襲いかかってきた一〇〇機あまりの雷装急降下爆撃機という胡乱な機体を「大和」以下の艦艇は三〇〇門近い高角砲と一五〇〇を超える銃口で迎え撃ち、ただの一隻も被害を受けることなく撃退に成功したのだ。
その要因については可能な限り対空火器を増設したこと、それを操作する将兵らに対して念入りに対空射撃訓練を施したこともそうだが、それとともに優秀なドイツ製射撃指揮装置の恩恵もまた大きかった。
ドイツ製の兵器は信頼に足る。
それは先ほどの対空戦闘で証明された。
そして、日本人将兵の技量もまた同様だ。
その事実に意を強くした第一艦隊司令長官以下将兵らは、それゆえに制空権を奪われた状況下にあっても動じることは無い。
米艦隊はすでに視界に入ってきている。
新型戦艦で固められたそれは、ブリスベン沖海戦で当時の連合艦隊を崖っぷちにまで追い込んだ因縁のある相手だ。
ブリスベン沖海戦で米戦艦部隊の追撃から避退せざるを得なかった屈辱は今も帝国海軍将兵の中に、特に第一艦隊の鉄砲屋の間でくすぶり続けている。
「あの時の借りを返すことにしよう」
第一戦隊を、第一艦隊を、そして第一機動艦隊を統括指揮する沢本長官はことさらにゆっくりと、将兵を落ち着かせるように言葉を紡ぐ。
周りの参謀長をはじめとした司令部スタッフもそれに力強くこたえる。
日米新鋭戦艦による戦いが今まさに始まろうとしていた。
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