第63話 リー提督
まだ日が明るいうちに日米の戦艦が接触することになった理由の一つに、水上打撃部隊を指揮するリー提督が急戦を志向していたことが挙げられる。
第三艦隊を指揮するハルゼー提督から午後に「大和」型戦艦を撃破するための第三次攻撃隊を発進させるとの連絡を受けたとき、リー提督は第三・一任務群と第三・二任務群に対して最大戦速で日本艦隊に向けて進撃するよう命じた。
日本艦隊を攻撃するのであれば友軍艦上機隊の空爆による混乱から立ち直りきっていないうちに限る。
そのリー提督は友軍機動部隊が午前のうちに一二隻あった日本の空母のうちの九隻までを撃破したとの報告を受けていた。
いまだ無傷の空母が三隻残っているが、報告を信じるのであればそのいずれもが戦力の小さな小型空母であり、その戦力差から考えて第三次攻撃隊が仕損じることはまずあり得ない。
そう考えたリー提督だったが、しかし彼の予想に反して第三次攻撃は大失敗に終わる。
敗因は日本の水上打撃部隊の対空能力が思いのほか強力だったことによるものだった。
第三次攻撃に三〇〇機を超える戦爆連合を投入しながら戦果はほとんど挙がらなかったという。
その報告を受けた時、リー提督は少しばかりの失望を覚えはしたものの、それでも戦意にいささかの陰りもなかった。
間もなく干戈を交えることになる友軍艦隊と日本艦隊の水上打撃部隊はともに戦艦を一四隻擁している。
一見したところでは彼我の戦力に顕著な差は無いように見える。
だが、日本側が新型戦艦が四隻であとはすべて旧式戦艦なのに対し、米側は半数以上の八隻が新型だ。
砲口径こそ「大和」型戦艦が優越しているが、なにも戦艦の戦いは大砲の大きさや装甲の厚みで勝敗が決まるわけでもない。
歴史を見ても、ジュトランド沖海戦や日本海海戦では砲口径あるいは戦艦そのものの数が劣る側がいずれも勝利している。
勝った側に共通するのは優れた射撃管制システムとそれに情報通信を活用した優れた戦場ネットワークを構築できる能力だ。
もちろん、優秀な将兵も欠かせない。
ジュトランド沖海戦ではドイツ兵が、日本海海戦では日本兵が明らかに相手よりも練度が上だった。
優れた将兵は単に砲弾の命中率を上げるだけではなく、危急の際には優れたダメコン能力を発揮してくれる。
ジュトランド沖海戦の英将兵は士気が弛緩していて火薬の管理があまりにもずさんだったし、日本海海戦のバルチック艦隊は風紀そのものがひどかった。
軍艦同士が激突する海戦もまた他の例に漏れず、最後にものをいうのは人間力だ。
それゆえ、日本やドイツの勝利は何の不思議でもないのだ。
マーシャル沖海戦でも似たようなことが言える。
同海戦が生起した当時、太平洋艦隊は深刻な人手不足で、そのうえ予算の制約から訓練も十分とは言えなかった。
戦艦も満足な装備の更新や改装が出来た艦は少なく、その多くが旧式のそれで当時の日本艦隊と戦わなければならなかったのだ。
そしてなによりも、日本艦隊を侮り過ぎていた。
つまり、以前の太平洋艦隊はたいして強くもないくせに傲慢だったのだ。
「だが、今は違う」
現在の第三艦隊は若年兵や新兵の比率が高いものの、それでも潤沢な予算によって理想的な訓練を積み重ねてきている。
戦争が始まってから、特にブリスベン沖海戦で当時の日本艦隊を撃退して以降は海軍への志願者もうなぎ登りで、すそ野が広がればその分だけ頂も高くなる。
つまりは士気が高くて命令に忠実、なにより有能な人材が豊富になったということだ。
もちろん、その逆の連中も増えてしまったが、そこはあきらめるしかない。
実戦経験こそ少ないものの、優秀で正義感と義務感にあふれた若者たちで固められた第三艦隊の練度は決して低くは無いはずだ。
装備もまた日本側のそれよりも優越している。
特に日進月歩で進化を続ける電子兵装の差は大きいだろう。
それになによりこちらが有利なのは制空権を獲得したことだ。
空母艦上機隊は大きな損害を出しはしたものの、それでも洋上航空戦に勝利して航空優勢を獲得してくれた。
「これだけお膳立てを整えてもらってそれで負けたのなら、それこそ日本人の言うところの切腹ものだ」
胸中でそうつぶやきつつリー提督は現実に意識を向け直す。
間もなくこの海域に、日本艦隊がその姿を現すはずだった。
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