第61話 SB2C

 第三艦隊と第四艦隊が敵急降下爆撃機ならびに敵潜水艦の攻撃を受け、一二隻あった空母のうちの三隻を撃沈され、さらに六隻が撃破されてしまった。

 現時点で健在な空母は「龍驤」と「瑞鳳」、それに「祥鳳」の三隻のみで、その搭載機数は九〇機に満たず、つまりは「エセックス」級空母一隻分にすら届かない。

 一方の米機動部隊は少なくない艦上機を失ったとはいえ九隻の「エセックス」級空母はそのいずれもが健在で、つまりは日米の洋上航空戦力の格差は比べることが馬鹿馬鹿しくなるくらいにまで隔絶してしまった。


 しかし、そういった現実を突き付けられても、それでもなお第一艦隊と第二艦隊は進撃を続けるしかなかった。

 サイパンに上陸した米軍を撃滅出来る機会は後にも先にも今を置いてほかにない。

 もし、サイパンを含むマリアナ諸島を失陥するような事態になれば、日本本土は米国の新型四発重爆の空襲圏内に呑み込まれてしまう。

 それだけは是が非でも阻止しなければならない。


 速度を上げてサイパンへと急ぐ第一艦隊と第二艦隊の前に立ちふさがったのは二〇〇機以上のF6Fヘルキャット戦闘機と一〇〇機あまりのSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機だった。

 このうち、F6Fのほうは午前中に直掩任務にあたっていた機体を出撃させたものだ。

 ハルゼー提督は第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊が挙げた戦果から日本の機動部隊からの空襲は無いと判断、戦闘に参加しなかった二一六機のF6Fをすべて第三次攻撃隊の護衛に回したのだ。


 一方、SB2Cのほうは午前中に日本の第三艦隊と第四艦隊を攻撃し、九隻の空母に命中弾を与え両艦隊に甚大なダメージを与えていた。

 そのSB2Cのクルーらはそれぞれの母艦に帰投した後、艦長あるいはエアボスから意外な命令を受けていた。

 それは、一〇〇〇ポンド爆弾による急降下爆撃ではなく、航空魚雷を装備してサイパンに向かってくる敵の水上打撃部隊、その中でも「大和」型に的を絞って魚雷を見舞ってやれというものだった。

 この命令を出したのはもちろんハルゼー提督だ。

 航空主兵主義者のハルゼー提督としては本音を言えば午前中に撃ち漏らした三隻の空母を撃滅したいところではあったのだが、しかし第三艦隊に与えられた最優先命令はサイパンに上陸した友軍将兵を日本軍の攻撃から守り抜くことだ。

 そして、現時点において脅威度が高いのは戦力を大きく低下させた日本の機動部隊ではなくむしろサイパンに迫りつつある日本の水上打撃部隊だった。

 もちろん、第三艦隊も二つの水上打撃部隊で迎撃態勢を整えつつあるが、それらは日本の水上打撃部隊よりもわずかに戦力が勝る程度であり、その勝敗は予断を許さない。

 だからこそ、まずは最大脅威である「大和」型を叩くことにしたのだ。


 開戦劈頭のマーシャル沖海戦では当時の太平洋艦隊の戦艦部隊が「大和」型戦艦によって一敗地に塗れた。

 一度に八隻もの戦艦を撃沈された同海戦は合衆国海軍史上最大の汚点だ。

 その友軍戦艦部隊を屠った「大和」型戦艦を今度は空母艦上機隊が討ち取る。

 敵であれ味方であれ鉄砲屋に一泡吹かせるのも悪くないと考える搭乗員は多い。

 鉄砲屋が主流派かぜを吹かすのはどこの国の海軍も似たようなものだし、米海軍もまたその例外ではなかったから、そういった意味でもSB2Cのクルーたちは妙な戦意を燃やしていた。

 そのうえ、雷撃が本職ではない急降下爆撃機が「大和」型を撃破すればそれこそ一大痛快事だし、敵に一矢も報えずに死んでいった雷撃隊搭乗員への手向けにもなる。


 もちろん、急降下爆撃機であるSB2Cに魚雷を搭載すればその飛行性能は著しく低下する。

 おそらく最高速度は四〇〇キロを割ってしまうだろうし航続距離もガタ落ちだ。

 それでも搭乗員らに不安は無い。

 午前中に攻撃した日本の機動部隊の対空砲火は思いのほか貧弱で、出撃した一〇八機のSB2Cで未帰還となった機体はわずかに七機のみ。

 さらに被弾損傷がひどく即時再使用不可の機体が三一機あるが、一方で索敵任務から解放された三三機が加わるから合わせて一〇三機のSB2Cを第三次攻撃に投入することが出来る。

 本職ではないとは言え、一〇〇機を超えるSB2Cで雷撃を仕掛ければ「大和」型の一隻や二隻は討ち取ることが可能だろう。

 雷撃隊が壊滅するなど被害は大きかったものの、一方で戦況は明らかに米側が有利だ。


 「やってやるぜーっ!」

 「旧太平洋艦隊、それに雷撃隊の敵討ちは俺たちが成し遂げてみせる!」


 九隻の「エセックス」級空母のそこここでSB2Cのクルーたちの雄叫びがこだまする。

 長距離の索敵あるいは午前中の激戦の疲労もなんのその、SB2Cのクルーたちは闘志を高めて出撃。

 そして今、彼らは戦闘態勢に入った。

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