第60話 空母被弾

 零戦の迎撃網を突破した一〇八機のSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機。

 それらのうち第三・三任務群と第三・四任務群の七二機は第四艦隊に、第三・五任務群の三六機は第三艦隊にその矛先を向けた。

 一方、狙われた側の第三艦隊と第四艦隊はともに頭上を守る戦闘機は一機も無く、頼れるのは自艦ならびに護衛艦艇の対空火器とあとは各艦の回避運動だけだった。


 第四艦隊の薄い輪形陣の内側に侵入した七二機のSB2Cは各母艦単位に編隊を整え急降下に遷移する。

 一二機ずつに分かれたSB2Cに向けて撃ち上げられる火弾や火箭はさほど多くない。

 六隻もの空母を擁しながら、しかしその周囲を守るのは重巡「筑摩」を除けばあとはわずかに八隻の駆逐艦のみ。

 対空火器を大量に装備する戦艦や重巡といった大型艦艇のそのほとんどが水上打撃部隊に優先配備されていたから、濃密な対空砲火など期待出来ようもなかったし、実際に撃墜出来た機体もごくわずかだった。


 そのような厳しい状況の中でも「蒼龍」と「飛龍」は三四ノットを超える快速を生かして回避運動を続ける。

 昨年のブリスベン沖海戦で米軍の急降下爆撃機が投じる爆弾の威力が極めて大きいことはその身をもって知っている。

 SB2Cが投じる一〇〇〇ポンド爆弾を「蒼龍」と「飛龍」はことごとく躱していく。

 しかし、さすがに一ダースを数える機体から狙われては全弾回避は望めない。


 まず「蒼龍」が艦首先端に一発を食らい機銃座が吹き飛ぶ。

 それと同時に飛行甲板の先端が捲くれ上がり完全に発艦機能を喪失する。

 「飛龍」もまた前部に立て続けに二発を被弾、飛行甲板の一部を吹きとばされてしまった。


 その頃には「千歳」と「千代田」、それに「日進」と「瑞穂」もまた煙を噴き上げている。

 「蒼龍」や「飛龍」に比べて的が小さいとはいえ、最高速力は彼女らよりも五ノット以上も遅く防御力も低い。

 「千歳」と「千代田」、それに「日進が」二発、運の悪い「瑞穂」は三発を被弾する。

 ブリスベン沖海戦の手痛い戦訓から各空母ともに可能な限りの応急指揮装置の更新や増設がなされ、将兵らも訓練によってダメコンのノウハウを積み上げている。

 そのおかげで各空母ともに被害応急に対する対応力は開戦時のそれよりも明らかに向上してはいた。

 しかし、それでも一万トンそこそこの「瑞穂」にとって三発の一〇〇〇ポンド爆弾の同時被弾はさすがにきつい。

 許容量を超えたダメージによって洋上の松明と化した「瑞穂」はほどなく行き脚を止めた。


 第四艦隊の空母がSB2Cの攻撃を受けていたのと同時刻、第三艦隊もまた第三・五任務群から発進した三六機の同機体からの襲撃にさらされていた。

 母艦ごとに分かれたSB2Cは第三艦隊の中でも破格のボリュームを持つ「加賀」と「赤城」、さらにそれに次いで大きい「龍鳳」に狙いをつける。

 「加賀」と「赤城」は高角砲や大量に増備された機銃を振りかざして反撃するが、両艦ともに一機ずつを撃墜するのが精いっぱいだった。

 それぞれ一一機に減ったSB2Cは僚機の敵討ちとばかりに「加賀」と「赤城」に急迫、「加賀」に三発、「赤城」に二発命中させる。

 被弾した「加賀」と「赤城」はともに当たりどころが悪く完全に艦上機の離発艦能力を奪われてしまう。

 「龍鳳」もまた必死の回避運動によってSB2Cの魔手から逃れようとしたものの、こちらは二六・五ノットという低速がたたり三発を被弾、機関室に火が入り洋上停止してしまう。


 悲劇はそれだけでは終わらなかった。

 SB2Cによる空襲のどさくさに紛れて第三艦隊の輪形陣の内側に侵入した潜水艦「アルバコア」が動きの衰えた「龍鳳」に魚雷一本を命中させる。

 ただでさえ三発の一〇〇〇ポンド爆弾を食らって瀕死の状態となった「龍鳳」にとって、魚雷一本とはいえこのダメージはあまりにも大きすぎた。

 ほどなく「龍鳳」は総員退艦命令が出され、帝国海軍で最初に撃沈された空母となった。


 さらに、卓越したダメコンでどの艦よりも早く火災を鎮めたはずの「赤城」の舷側に四本の水柱が立ち上る。

 「アルバコア」と同様に輪形陣の内側に侵入を果たした「カヴァラ」の攻撃によるものだった。

 巡洋戦艦から改造された「赤城」は「加賀」と並んで帝国海軍の中で最も防御力に優れた空母という評価を得ていたが、それでも航空魚雷よりも遥かに威力に勝る潜水艦の魚雷を四本同時、しかも同じ右舷に食らっては助からない。

 帝国海軍空母部隊は空中と海中からの敵によって三隻の空母を撃沈され六隻が傷を負わされる大打撃を被った。

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