第59話 優先攻撃目標

 開戦時には三〇〇機以上あったF6Fヘルキャット戦闘機をわずかな時間で二〇〇機以下にまで撃ち減らし、一方で零戦のほうはいまだに三〇〇機以上が健在だった。

 彼我の戦力比が零戦側優勢に大きく傾いた今、このまま戦いを継続すればF6Fの殲滅も夢ではない。

 一般的な将兵と搭乗員、両者の間でその命の重さに差などは無い。

 しかし、一般的な将兵と搭乗員とではその戦力としての重みが違う。

 今ここで、F6Fとその搭乗員を葬れるだけ葬っておけば、後々の戦局に大きな影響を与えることは間違いない。

 そして、それがかなえば帝国海軍戦闘機隊の、特に若年搭乗員の生存率もわずかではあるが向上することだろう。

 日米間で戦闘機の数そして搭乗員の平均技量が隔絶しつつある中、希少種となった零戦の熟練搭乗員はそう考えて深追い上等とばかりにF6Fに追撃をかけようとする。

 だが、そこへ戦闘機隊指揮官から無線による命令が飛び込んでくる。


 「第三艦隊戦闘機隊はそのまま戦闘を継続、第四艦隊戦闘機隊は新たに発見された敵を攻撃せよ」


 敵の第一波が戦闘機のみで固められていたからには、第二波のほうは間違いなく戦闘機と急降下爆撃機、それに雷撃機の連合編成だ。

 これを素通りさせれば友軍艦隊は間違いなく大打撃を被る。

 そのことで戦闘機隊指揮官は戦力を二分する決断をする。

 第三艦隊の零戦隊は第一波のF6Fとの戦闘を継続してこれらを牽制し、第四艦隊の零戦隊が敵の第二波に立ち向かう。

 敵の第一波を放置して第二波に総がかりで攻めれば、第一波のF6Fに側背を突かれかねない。

 戦力を二分したのはそれを防ぐための措置だ。


 零戦の搭乗員が戦前に受けた指示は急降下爆撃機や雷撃機といった対艦攻撃能力を持った機体を優先して叩くことだった。

 一方で、敵戦闘機との戦闘は自衛目的以外はこれを避けるようにとも言われている。

 水上艦艇からすれば、爆弾や魚雷といった対艦攻撃手段を持ち合わせていない戦闘機はさほど怖い存在ではない。

 しかし、それでも第二波に護衛戦闘機が随伴していれば放置しておくことも出来ない。

 それらを無視して急降下爆撃機や雷撃機を攻撃すれば、敵の護衛戦闘機に横合いを突かれて食われてしまう。


 第一波のF6Fとの激戦を経てもなお、そのほとんどの零戦には機銃弾が半分程度は残っていた。

 従来の二〇ミリ機銃は装弾数が六〇発だったり一〇〇発だったりと非常にしょぼかった。

 だが、ベルト給弾式の開発成功で零戦五三型の二号機銃は一丁あたり二〇〇発を装備する。

 そのうえ、四丁同時射撃ではなく二丁ごとの節約モード射撃も可能だったから、四発重爆には全力射撃、単発機には二丁だけといったように相手によって射法を切り替えることも出来た。


 敵の第二波に立ち向かった第四艦隊の一五〇機あまりの零戦のうち、一〇〇機ほどが敵護衛戦闘機の阻止線に引っ掛かる。

 だが、残る機体はまっしぐらに敵雷撃機に突っかかっていった。

 米機動部隊の戦術は雷撃機で戦艦の脚と攻撃力を削ぎ、急降下爆撃機で空母の飛行甲板を破壊して航空機運用能力を奪うのがセオリーだ。

 米軍の雷撃機も急降下爆撃機もそのいずれもが友軍艦隊にとって脅威なのは間違いない。

 鉄砲屋にとって雷撃機は「大和」型ですら撃破出来る剣呑な相手だし、飛行機屋からすれば精度の高い爆撃が可能な急降下爆撃機は厄介極まりない相手だ。

 ただ、零戦の搭乗員はこちらの戦力が過小でどちらか一方しか攻撃出来ない場合は敵雷撃機を優先して攻撃するよう厳命されていた。

 味方の戦艦と空母、どちらを助けるのかといった選択であれば戦艦を助けろということだ。

 飛行機屋の本流を自認する戦闘機搭乗員らにとっては不満たらたらの命令なのだが、それでも軍隊なのだからそれに従う以外に他に方法は無かった。


 零戦はその速度性能を生かして次々にTBFアベンジャー雷撃機に取りついては二〇ミリ弾を撃ち込んでいく。

 すべてのTBFを始末しない限り敵の急降下爆撃機に立ち向かうことは許されていないから搭乗員の誰もが焦っていた。

 その焦りからくる隙を突かれて被弾する零戦が続出する。

 それでも、零戦とTBFの運動性能や速度性能の差は圧倒的で、零戦は魚雷を捨てて遁走した一部のTBFを除いてそのすべてを撃墜する。

 だが、その頃には敵の急降下爆撃機は零戦の追撃が間に合わない位置にまで進出していた。

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