第58話 新型零戦

 こちらに向かってくる敵の大編隊。

 それらを迎撃すべく第三艦隊と第四艦隊の一二隻の空母から三八四機の零戦が慌ただしく発進する。

 一方、第三・三任務群と第三・四任務群、それに第三・五任務群の合わせて九隻の「エセックス」級空母から日本の戦闘機隊を掃滅すべく出撃したのは二七個中隊三二四機のF6Fヘルキャット戦闘機。

 それらを駆る日米の搭乗員らは、しかし互いに相手のことを読み違えていた。


 零戦隊のほうは三〇〇機を超える敵の攻撃隊がすべて戦闘機で固められているとは夢にも思っておらず、一方のF6Fの側も零戦が新型の五三型に更新されていることを知らずにいた。

 実際のところ、零戦のほうは発動機の生産がネックとなってこの戦いまでに五三型の数を十分に揃えることが出来ずにいただけだった。

 それゆえにあるいはそのおかげでこの瞬間まで米軍にその存在が察知されずにいたといういささか情けない事情があった。

 その五三型が搭載する誉発動機は部品の材質や工作精度に対する要求水準が従来のものより遥かに高いレベルを必要とされたため、その生産に関しては工業製品なのにもかかわらず熟練職工の技能に頼らざるを得ない部分が少なからず存在していた。

 このため、零戦の中では希少種ともいえる五三型は母艦航空隊に優先配備せざるを得ず、逆に基地航空隊には従来の三二型かもしくはさらに旧式の二一型しかなかった。


 そういった事情を知らないF6Fとその搭乗員はサッチウィーブやあるいはそれに一撃離脱を絡めた、つまりは連携機動やあるいは速度性能に頼った戦いを零戦に対して仕掛けた。

 旋回格闘性能は零戦に分があるが、それ以外の攻撃力や防御力、それに速度性能は明らかにF6Fが優越している。

 そう考えていたF6Fの搭乗員たちだったが、だがしかし零戦の速度性能はこれまでのそれとは次元を異にしていた。

 これまでであれば、零戦に後ろをとられたのならばそのまま速度を上げて振り切るか、高度に余裕があれば急降下で容易に引き離すことが出来た。

 だが、目の前の零戦は直線飛行する自分たちに食らいつくどころか、むしろその距離をじりじりと詰めてくる。

 F6Fの搭乗員は知らなかったが誉発動機を搭載する零戦五三型は六二〇キロの最高速度を発揮する。

 さらにその軽量な機体と相まって、上昇性能や加速性能もまたF6Fのそれを凌いでいた。

 機動性で零戦五三型がF6Fに後れをとるのは降下速度だけだ。


 だが、速度性能と同等か、あるいはそれ以上にF6Fにとって脅威となったのは零戦の翼から吐き出される機銃弾だった。

 開戦したての頃の零戦は七・七ミリクラスの機銃が四丁という、攻撃力が貧弱な戦闘機だった。

 それでも戦争が進むにつれて同機体は武装を強化、七・七ミリから一二・七ミリクラスのそれへとアップグレードしている。

 単発艦上戦闘機としては卓越した防御力を誇るF6Fも多数の一二・七ミリ弾を浴びればよほど当たり所に恵まれない限りは致命傷となる。

 しかし、目の前の零戦がF6Fに撃ちかけてくる火箭は一二・七ミリ弾どころの太さではなかった。

 実際、一連射を食らったF6Fはかなりの割合でそれが命取りとなっている。

 防弾装備が充実したF6Fが信じられないくらいに簡単に墜とされているのだ。

 翼を叩き折られたり、あるいは尾部を食いちぎられたりするといった信じられない光景すら現出している。

 零戦五三型に新たに装備された二号機銃、その長銃身から撃ち出される二〇ミリ弾は重防御を誇るF6Fに対しても十分に通用する力を備えていた。


 だがしかし、当然のことながらF6Fもまた戦闘機なのだから反撃の牙を持っている。

 六丁ものブローニング機銃から吐き出される一二・七ミリ弾のシャワーが零戦に吸い込まれるたびに、こちらもまたかなりの確率で墜ちていく。

 それに、開戦当初は憎らしいほどに腕の立つ搭乗員を揃えていたはずの零戦もこれまでの戦闘で多くの手練れを失ったのだろう。

 全体の術力は明らかに低下している。

 それでも、新型零戦を従来のそれと勘違いした代償は大きかった。

 ただでさえ数的劣勢なうえに初撃で少なくない機体を撃破されたF6Fは苦戦を強いられている。

 このまま戦い続ければ全滅もありうる状況に、しかし零戦は自分たちへの追撃を打ち切り次々に翼を翻していく。

 信じられない思いでいるF6Fの搭乗員、彼らが零戦に向けたその視線の先には三〇〇を超えるゴマ粒の姿があった。

 戦爆雷連合の第二次攻撃隊が戦闘空域にその姿を現したのだ。

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