第57話 洋上航空戦

 マリアナに配備された日本軍の戦闘機隊はハルゼー提督の事前予想よりも遥かに手強い相手だった。

 六月一一日から始まった延べ三日間にわたる航空撃滅戦で第三・三任務群と第三・四任務群、それに第三・五任務群の三個機動艦隊は当初はサイパンとテニアン、さらに後にはグアムに展開する日本軍戦闘機隊に対して強襲を仕掛けた。

 相手を圧倒する戦力を用意、奇策に頼らず真正面からすり潰していくのは面白みにこそ欠けるものの、逆に敵に虚を突かれることも少ない。

 そこは無尽蔵とも言える物量を誇る米軍の堅実無比の必勝パターンだ。


 ハルゼー提督は作戦開始前、トラック島の友軍航空隊と日夜激戦を繰り広げるグアムの戦闘機隊はそれなりに強力だとは認識していた。

 日本軍が雷電と呼ぶ機体は欧州で猛威を振るったFw190そのものだし、どことなくBf109を想起させる飛燕もまた六〇〇キロオーバーの速力を持つ侮れない機体だ。

 武装も強力で、両機種ともに二〇ミリクラスの機銃を装備しており、これまでの戦いで少なくないB24重爆が彼らの攻撃によって失われている。


 しかし、サイパンとテニアンの戦闘機隊がここまで強いとは正直思ってもいなかった。

 こちらは、すでに時代遅れの零戦や隼が主体だったが、それでもF6Fに対して互角の戦いを演じたという。

 航空参謀によれば、日本軍はおそらくは生き残った熟練のそのほとんどをマリアナにかき集めたのではないかとのことだった。

 ハルゼー提督自身も同じ考えで、そう思わなければ零戦や隼でF6Fに対抗することなど出来ようはずもない。


 いずれにせよ、真実がどうであれ敵戦力を読み違えたツケは戦闘機隊の搭乗員が支払うことになった。

 第三・三任務群と第三・四任務群、それに第三・五任務群に搭載していたF6Fヘルキャット戦闘機のうち二〇〇機近い機体が未帰還となり、ほぼ同数の機体が再使用不能と判定されるほどの損害を被った。

 後方にある第三・七任務群からの補充を受けていずれの正規空母も定数を回復しているが、逆に第三・七任務群に配備している護衛空母の艦上機は作戦開始前の二割余りにまでその数を減らしている。


 「孤島の基地航空隊など鎧袖一触で蹴散らせると思っていたが、意外にてこずったな。だが、そいつらも飛行場を耕かされて無力化されたはずだ。

 そうなれば残るは日本の空母艦上機隊のみ。そして、空母同士の戦いは数の戦いでもある。連中は空母の数こそ多いがその多くは改造空母であり、搭載している艦上機の数もまたたいしたことはない。

 この勝負、もらったな」


 自分たちと同様、日本艦隊もまた多数の索敵機を出したのだろう。

 日本艦隊の捜索に差し向けたSB2Cヘルダイバー急降下爆撃機が四群からなる日本艦隊を見つけた一方で、こちらもまた零戦に発見された。

 なぜ、連中が零戦を索敵に使っているのか理由は分からないが、今はそのようなことはどうでもいい。


 「予定通りだ。攻撃隊を発進させろ」


 「エセックス」級空母に搭載されているのはF6Fが七二機にSB2Cが一八機、それにTBFが一二機。

 他に四機の夜戦型F6Fがあるが、こちらは昼間は使うつもりは無い。

 まず各空母からファイタースイープの任を負った戦闘機三個中隊、全体で三二四機のF6Fが発進する。

 続いて各空母から戦闘機と急降下爆撃機、それに雷撃機がそれぞれ一二機の合わせて三二四機が飛行甲板を蹴って西の空へと飛び立っていく。

 ブリスベン沖海戦のときと同様、急降下爆撃隊は空母を攻撃し、雷撃隊は「大和」型戦艦に的を絞ってこれを叩く。


 敵の二つの機動部隊には合わせて一二隻の空母があることが分かっている。

 こちらは九隻だから三割以上も敵の方が優勢だ。

 だが、それら一二隻の空母のうちでまともな戦力を持つのは「加賀」と「赤城」、あとはおまけで「蒼龍」と「飛龍」だけだ。

 残る八隻はいずれも小型空母かあるいは改造空母で、その艦上機の総数はこちらの半分からせいぜい六割程度と見積もられている。

 一方、六四八機にも及ぶ攻撃隊を出してなおこちらには二一六機の戦闘機が直掩として残っている。

 しかも、それら機体はいずれも最新型のF6Fだ。


 「正々堂々とこちらに立ち向かってきたことは褒めてやるが、戦力差を考えれば少しばかり無謀だったようだな。いずれにせよ、これまでの借りは返させてもらうぞ、小沢!」


 これまで何度も辛酸を舐めさせてくれた日本の機動部隊指揮官の名前を胸中で叫びつつハルゼー提督は西の空を見据える。

 あと二時間、早ければ一時間半後には米日洋上航空戦の火蓋が切って落とされるはずだった。

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