第55話 第一機動艦隊
開戦以来、二度目の日米主力艦隊同士の激突となったブリスベン沖海戦。
同海戦で帝国海軍は「ヨークタウン」と「レンジャー」、それに「ワスプ」の三隻の空母に「ブルックリン」級や「クリーブランド」級といった六隻の大型軽巡、それに新鋭の「フレッチャー」級駆逐艦を一六隻撃沈し、さらに二隻の新型戦艦と空母「ホーネット」を撃破するという大戦果を挙げた。
そのしばらく後、帝国海軍では定期異動の時期ではないのにもかかわらず、大規模な人事異動があった。
第一艦隊司令長官の高須中将と第二艦隊司令長官の近藤中将が大将に昇任したうえでともに軍事参議官となったのだ。
階級がものをいう軍組織の中において、中将から大将になったのだから一見したところでは昇任人事のように見えるが、実際にはこれは更迭人事と言ってよかった。
軍事参議官は権力者の恣意によっては閑職として機能させることも出来る。
高須大将と近藤大将は豪州をこの戦争から脱落させることが出来る唯一無二の機会を逸してしまった責任をとらされたのだ。
ブリスベン攻撃においては、多数の米艦艇を撃沈した一方でその作戦目標である潜水艦基地の破壊はこれを達成出来なかった。
そればかりではなく、「大和」型戦艦のそのいずれもが深手を負わされ、さらにすべての空母を傷つけられた。
そのことによって連合艦隊が長期にわたって作戦行動に大きな支障をきたすことになる事態を惹起させた。
それもまた二人の提督が更迭される大きな理由の一つだった。
もちろん、同海戦では三隻の空母を沈め、さらに多数の巡洋艦や駆逐艦もまた撃沈したが、これは二人の功績というよりも末端の将兵、特に搭乗員らの奮闘によるところが大きいと海軍上層部では判断していた。
しかし、一方で開戦劈頭に生起したマーシャル沖海戦の大勝によって高須大将は今でも国民の英雄だし、南方作戦を完遂させた近藤大将もまた高須大将ほどではないがその功績は報道を通じて広く国民の間に伝わっている。
そのような実績を持つ二人をぞんざいに扱えば、大勝利を喧伝しているブリスベン沖海戦の裏にある取り返しのつかない戦略的失敗に気づく者が出てくるかもしれない。
ブリスベン攻撃失敗を重視し、二人の将官にことさら厳しい目を向ける嶋田海軍大臣も、さすがに国民的英雄である二人の処遇については相応の配慮をせざるを得ず、このような措置となったのだ。
空席となった第一艦隊ならびに第二艦隊司令長官については、近藤大将や高須大将の一期下にあたる沢本大将と、同じく高橋中将がその任を受け継ぐ。
新しく司令長官となる沢本大将と高橋中将は、そのいずれもが帝国海軍の本流である砲術畑、いわゆる鉄砲屋だ。
第一艦隊司令長官となった沢本長官のほうは今年三月に中将から大将に昇任したうえで新編された第一機動艦隊の長官にも就任している。
要は第一艦隊との兼務だ。
本来であれば艦隊司令長官は中将がその任を負うが、第一機動艦隊は四個艦隊からなる言わば連合艦隊のようなものであり、なにより皇国の興廃がかかる一戦が控えているということもあって今回の人事は例外とされた。
その当事者である沢本大将のほうはと言えば、かねてからの念願であった大将昇進を果たし、そのうえ次の戦いに勝てば連合艦隊司令長官に据えてやるという嶋田大臣からの言質を得ているのでかなり気合が入っていた。
第一機動艦隊については第二艦隊が高橋中将、空母部隊である第三艦隊と第四艦隊はそれぞれ彼らの一期下となる小沢中将ならびに桑原中将が指揮を執る。
第一機動艦隊はぶっちゃけて言えば水上打撃部隊の第一艦隊と第二艦隊、それに機動部隊である第三艦隊と第四艦隊を合わせた従来の戦力と、さらに水上機母艦を空母に改造した「千歳」と「千代田」、それに「日進」と「瑞穂」を加えたものだ。
残念ながらその総合戦力は太平洋艦隊にすでに追い抜かれてしまっているし、もっと言えば相当に差をつけられている。
だが、それでも第一機動艦隊の各艦艇は米軍との戦いが下火となっている間に訓練を重ね、艦隊の術力を大きく向上させていた。
さらに、ドイツからの技術供与によって米英に後れを取っていた電探やソナーといった探知兵器の性能もそれなりに向上している。
また、ブリスベン沖海戦で露呈した弱点を克服すべく改装された「大和」型戦艦、それに従来の金星発動機から新型の大出力小直径発動機を搭載して大きな進化を果たした零戦の存在もまた将兵らに勇気と希望を与えており、窮地に立つ戦友を救うというシチュエーションも相まって彼らの士気は高い。
その第一機動艦隊は発動されたあ号作戦に従いマリアナへと急ぐ。
制空権を失い、上陸さえも許した同地を救えるのは第一機動艦隊をおいて、ほかには無かった。
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