第54話 マリアナ空襲

 昭和一九年六月一一日、マリアナ諸島のサイパンならびにテニアンの日本軍基地に米第三艦隊の九隻の「エセックス」級空母から発進した艦上機群が殺到した。

 さらに、時を同じくしてグアムもまたトラック島に展開する爆撃機群の攻撃を受けている。

 これらのうち、グアムには延べ四〇〇機にも及ぶB24爆撃機が来襲、同地に配備されていたそれぞれ一〇〇機近い海軍の局地戦闘機雷電とそれに陸軍の三式戦闘機飛燕がこれを迎撃した。

 雷電はドイツから供与されたFw190の装備を海軍仕様に改めたものであり、四丁装備する二号機銃から放たれる二〇ミリ弾は単発機や双発機とは比較にならない防御力を誇る四発重爆のB24にも大きなダメージを与え、多くの機体を撃墜している。

 飛燕のほうはドイツから供与を受けたDB605を搭載した新型で、こちらもまた少なくない戦果を挙げている。

 だが、それでも二〇〇機足らずの戦闘機では来襲したすべてのB24を阻止することはかなわず、グアムにある飛行場は大量の爆弾によってそのすべてが機能を喪失してしまった。


 サイパンとテニアンには米機動部隊から発進した艦上機が襲いかかった。

 午前中にはテニアンが二七六機の、午後にはサイパンが二六四機のF6Fヘルキャット戦闘機による攻撃を受ける。

 当時サイパンには二〇〇機近い海軍の零戦が、テニアンにはそれぞれ一〇〇機の陸軍の隼ならびに飛燕が展開しており、それらはF6Fに対して果敢に立ち向かった。

 隼や飛燕、それに零戦は奮闘し、大きな犠牲を出しながらもひとまずはF6Fの撃退に成功する。

 数的不利な状況にもかかわらずマリアナの基地航空隊がF6Fに打ち勝ったのは内地の教育隊の教官や教員、それに嚮導隊に所属する今では数の少なくなった腕利きの搭乗員たちを可能な限りかき集めていたからだ。

 だが、その勝利も一瞬だった。

 翌日、護衛空母部隊から喪失機の補充を受けた米機動部隊は同じ規模の戦闘機隊をサイパンとテニアンに出撃させた。

 初日の航空戦で可動機が激減したサイパンとテニアンの戦闘機隊は、しかしなおも戦闘を継続した。

 だが、圧倒的な数の差あるいは回復力の差は如何ともし難く、同地の戦闘機隊は敵第二波のファイタースイープ部隊によってその抵抗力のほとんどを喪失した。


 戦闘機隊が死闘を重ねる一方で爆撃機や攻撃機を使った米艦隊への反撃は実施されていない。

 戦艦偏重でこれまで航空部門に十分な予算措置を講じてこなかった帝国海軍はそのリソースのほとんどを戦闘機に費やしており、そのしわ寄せで有力な対艦攻撃能力を持った新型機材を保有していなかったからだ。

 九七艦攻や九六陸攻といった機体もあるにはあったが、これらはもっぱら哨戒や対潜戦闘に使われており、仮に米艦隊に立ち向かったとしてもその脚の遅さと貧弱な防御力から返り討ちにされるのは目に見えていた。

 陸軍のほうは爆撃機こそそれなりの数を持っているが、一方でマリアナ方面に配備された機体は数えるほどでしかない。

 陸軍ならびにその搭乗員らはその多くが艦艇を攻撃する以前に洋上航法に不安があったし、そもそもとして敵艦攻撃は海軍の担当だという意識が強かった。


 他方、米軍は攻撃重視の日本軍が一向に自分たちに空襲を仕掛けてこないことから、同軍はマリアナにおける航空戦備のそのほとんどを戦闘機のそれに費やしていると看破。

 そのアンバランスを突いて日没とともに巡洋艦や駆逐艦といった高速艦艇をグアムやテニアン、それにサイパンに差し向けた。

 そして深夜、艦砲射撃によってマリアナにある日本軍飛行場やその関連施設を次々に破壊して回った。

 この攻撃で日本の航空戦力は壊滅的ダメージを被る。

 そして、航空機による反撃の心配が無くなったと判断した米軍は今度は戦艦部隊による昼間艦砲射撃を実施、滑走路はもちろん、わずかに生き残っていた機体もまた激しい砲撃に巻き込まれてそのほとんどが失われてしまった。

 さらに米戦艦は砲陣地や対空陣地をはじめとした日本軍の反撃手段もまた、その四〇センチ砲をもって念入りに潰していった。

 その際、陸軍の一部部隊が重砲で米戦艦に反撃したものの、しかし彼らが装備する主砲とはあまりにもその戦力が隔絶しており、ほとんど効果を挙げることなく一方的に撃滅されている。


 そして、昭和一九年六月一五日。

 日本軍の航空機や陸上砲台をほぼ掃滅したと判断した米軍はサイパンに上陸を開始した。

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