第53話 新生太平洋艦隊

 惨憺たる戦績だった。

 日本との戦争が始まって二年半。

 双方ともに将兵の血を大量に流してきたはずだが、こと艦艇のキルレシオに関しては圧倒的に合衆国海軍が劣勢、もっと言えばボロ負けだった。

 マーシャル沖海戦とブリスベン沖海戦、それに開戦劈頭の南方戦域における小さな海戦を含めたその数字はあまりにも無残だ。

 戦艦はすでに八隻を失っている。

 そのうちの半数はかつてビッグファイブと呼ばれた旧式戦艦最強のそれだ。

 開戦時に七隻を数えた正規空母はそのことごとくが沈められ、生き残っているのは「ホーネット」ただ一隻のみ。

 重巡洋艦は一〇隻を沈められ、「ブルックリン」級やあるいは「クリーブランド」級といった大型軽巡洋艦もまた同じく一〇隻が海の底だ。

 駆逐艦や潜水艦といった小艦艇に至ってはすでに一〇〇隻近くも失っている。


 一方でこちらが撃沈した日本の主力艦は一隻も無い。

 巡洋艦も数隻の旧式軽巡を友軍の航空機や潜水艦が沈めたのにとどまっている。

 駆逐艦や潜水艦は合わせて数十隻近い撃沈報告があったが、将兵の練度を考慮すれば鵜呑みにしていい数字ではない。

 艦艇の損失以上に痛かったのが人材の喪失だ。

 特にマーシャル沖海戦では開戦までに入念なトレーニングを施してきた熟練将兵を多数失ってしまった。

 それ以降は明らかに艦隊全体の術力の低下が見られ、ブリスベン沖海戦ではそのことによって辛酸をなめるはめになった。

 パイ提督やスプルーアンス提督といった将官もまた多数が戦死し、さらに生きている者もその少なくない人間が査問にかけられ更迭された。

 開戦時の太平洋艦隊司令長官、そのキンメル提督もまたマーシャル沖海戦敗北の責任を問われすでに海軍を去っている。


 キンメル提督の後を襲い、ブリスベン沖海戦で陣頭指揮を執ったニミッツ長官もまた同海戦で三隻の空母を沈められ、さらに巡洋艦ならびに駆逐艦を多数失うという失態を演じた。

 それでもニミッツ長官が当時のキンメル提督と違って太平洋艦隊司令長官の椅子にとどまっていられるのは曲がりなりにもブリスベン防衛を果たし、豪州の脱落を阻止したからだ。

 三隻の空母をはじめとした艦艇の大量喪失は極めて手痛いものではあったが、それでも同盟国を失うことを考えればその損害は許容範囲だったのだろう。

 それに、同海戦では「大和」型戦艦を撃破し、空母もそのすべてに手傷を負わせた。

 そのことで、日本海軍の活動は低調となり、逆に日本軍がマーシャルやラバウルから撤退するきっかけともなった。

 ニミッツ長官に処分が及ばなかったのはそこら辺りの実績を勘案した結果だろう。


 そのニミッツ長官はトラック空襲後に日本軍が同島から撤退を開始したという報告を受けていた。

 日本軍が撤退するのであれば、もちろんトラック島はいただくことにする。

 ここにB24を展開すれば、グアム島を空襲できる。

 そうなれば、次期作戦目標のマリアナ攻略がずいぶんと楽になる。

 同作戦についてはその発動を六月にするようニミッツ長官は海軍上層部から指示を受けていた。

 ニミッツ長官は、これは軍事的な要請よりも四選を目指すルーズベルト大統領の手柄、つまりはポイント稼ぎが目的ではないかと考えている。

 軍人の立場から言えば、作戦開始を六月よりも秋以降にしてもらったほうが戦力に余裕が出来る分だけ成功率は確実にアップするから是非ともそうしてもらいたい。

 だが、そうなってしまうと大統領選挙には間に合わない。

 つまりはそういうことだろう。

 正直言って鼻白む思いだが、それでもニミッツ長官もまた軍人だから命令とあらば従わざるをえない。


 戦力は充実している。

 戦艦は新旧一四隻。

 空母のほうは「ホーネット」を大西洋に回す代わりにすべての「エセックス」級空母を太平洋艦隊に配備してもらった。

 巡洋艦や駆逐艦、それに潜水艦もそのいずれもが新鋭艦であり、乗組員たちも金に糸目を付けない、つまりは油や弾薬を惜しみなく使った訓練によってめきめきと腕を上げている。


 「戦力はこちらの方が上。それにトラック島を手中に収めれば重爆隊も計算に入れることが出来る。今度こそ連合艦隊を撃滅出来るだろう」


 マリアナ攻略作戦では陣頭指揮を禁じられたニミッツ長官ではあったが、その代わりは人としてはともかく指揮官としては信頼出来るハルゼー提督がうまくやってくれるはずだ。

 戦闘機もF4FワイルドキャットからF6Fヘルキャットに切り替わり、急降下爆撃機もSBDドーントレスからSB2Cヘルダイバーに更新された。

 艦隊には少数だがVT信管を搭載した高角砲弾も配備されている。


 「何も問題は無いはずだ」


 そう思いニミッツ長官は編成表に目を落とす。

 そこには日本が設定した絶対国防圏を食い破るために集結しつつある艨艟たちの一覧が記されてあった。



 第三艦隊

 第三・一任務群

 戦艦「ニュージャージー」「アイオワ」「サウスダコタ」「インディアナ」「マサチューセッツ」「アラバマ」「ワシントン」「ノースカロライナ」

 軽巡四、駆逐艦一六


 第三・二任務群

 戦艦「コロラド」「ニューメキシコ」「ミシシッピー」「アイダホ」「テキサス」「ニューヨーク」

 軽巡四、駆逐艦一六


 第三・三任務群

 「エセックス」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「サラトガ2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「レキシントン2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三・四任務群

 「バンカー・ヒル」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「ヨークタウン2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「エンタープライズ2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三・五任務群

 「イントレピッド」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「ワスプ2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 「レンジャー2」(F6F七二、SB2C一八、TBF一二、夜戦型F6F四)

 軽巡二、駆逐艦一二


 第三・七任務群

 護衛空母二〇、駆逐艦四〇(各種航空機五四〇機、五群に分かれて展開)

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