第50話 反撃の飛龍

 四隻の米空母から発進したSBDドーントレスの急降下爆撃によって第三艦隊と第四艦隊にあった八隻の空母は必死の防戦もむなしく、そのすべてが撃破された。

 同機体が投じた一〇〇〇ポンド爆弾の威力は凄まじく、それを一発でも食らえば飛行甲板に大穴を穿たれ、あるいは甲板そのものを捲り上げられたり吹きとばされたりしていた。

 被弾した空母はそのいずれもが発艦能力か着艦能力、あるいはその両方を喪失した。

 しかし、一隻だけ例外があった。

 「飛龍」だった。


 その「飛龍」は他の空母と同様にSBDが投じた一〇〇〇ポンド爆弾を一発だが被弾していた。

 しかし、命中個所が舷外に張り出した高角砲だったために飛行甲板は大きなダメージ受けることもなく、そのことで航空機運用能力はいまだ健在だった。

 このため、空母同士による洋上航空戦が終了した後、「飛龍」は一〇〇機を大きく超える友軍艦上機の収容に忙殺された。

 「飛龍」の搭載能力は飛行甲板露天繋止を含めても六〇機に満たないから着艦した機体のそのすべてを艦にとめおくことは出来ない。

 無傷かあるいは損傷の程度がごく軽いものだけを残し、それ以外の機体は海中に投棄せざるを得なかった。

 最終的に「飛龍」に残されたのは零戦が三五機に九七艦攻が二二機の五七機のみだった。

 それらを使い、「飛龍」の野元艦長は追撃してくる米水上打撃部隊に対して最後の反撃を試みる。

 一二機の零戦と二二機の九七艦攻からなる第二次攻撃隊の指揮官は第一次攻撃隊と同様に「飛龍」艦攻隊長の友永大尉だった。


 「目標は旗艦と思しき敵の先頭艦だけだ。他の艦には目をくれるな。零戦隊は敵の観測機を攻撃せよ」


 友永大尉の命令一下、零戦は小隊ごとに散開し、九七艦攻は三隊に分かれる。

 一五機が低空に舞い降り左右に展開、残る七機が速度をそのままに爆撃コースに進入する。

 目標とされたのは第一任務部隊旗艦の「サウスダコタ」だった。

 攻撃隊にとって幸運だったのは上空にP38がいなかったことだ。

 米軍はすべての日本の空母に命中弾を与えたことで経空脅威が無くなったと判断したか、あるいは日本艦隊を追撃したことでP38のカバーエリアから逸脱してしまったかのいずれかだろう。

 さらにありがたいことに、米戦艦と行動をともにしていた巡洋艦や駆逐艦が日本の軽快艦艇を攻撃するために戦艦のそばから離れている。

 米国の巡洋艦や駆逐艦の対空火力は極めて強力だから、これら艦艇がいないだけでも攻撃隊はずいぶんと助かる。

 二重の幸運に助けられ、「飛龍」攻撃隊は戦艦攻撃に専念することが出来た。


 「飛龍」艦攻隊の攻撃はシンプルだった。

 友永大尉が直率する一五機が左右からの同時雷撃、残る七機は緩降下爆撃。

 つまりは三方向からの同時飽和攻撃。

 本来であれば戦艦を相手どるのであればその攻撃手段は雷撃が望ましい。

 しかし、「加賀」や「赤城」に比べて魚雷搭載本数が少ない「飛龍」には一五本しか在庫が無く、残る機体は爆装でいかざるを得なかった。


 敵は対空戦闘に不向きな単縦陣であり、しかも中央ではなく先頭に位置する戦艦を狙ったのにもかかわらずその対空砲火は熾烈だった。

 米戦艦の単艦の対空能力は日本のそれを遥かに上回っている。

 真っ先に攻撃を仕掛けた爆装九七艦攻のうち投弾前に二機が撃ち墜とされ、投下直後にもまた一機、さらに避退中にも一機が機銃弾かあるいは機関砲弾に絡めとられてブリスベン沖の海面に叩きつけられる。

 やや遅れて挟撃に臨んだ雷撃隊のほうも盛大に撃ちかけてくる敵戦艦の対空砲火によって被弾機が続出、左舷から接近した八機のうちの三機が、さらに右舷から肉薄した七機のうちの二機が投雷前に撃ち墜とされ、さらに三機が投雷直後かあるいは避退中に撃墜される。


 半数以上を撃墜された九七艦攻隊だったが、一方で戦果も挙がった。

 「サウスダコタ」を狙った一〇本の魚雷のうちの三本が命中、さらに爆撃隊も一発の二五番を命中させている。

 その「サウスダコタ」の回避運動によって米戦艦部隊の隊列は乱れ、旗艦が撃破されたことで指揮命令系統に混乱が生じる。

 さらに悪いことに殿艦の「ノースカロライナ」が被雷する。

 これは、砲雷撃戦のどさくさに紛れて接近した伊一九潜水艦が放ったもので、命中したのはわずかに一本だけだったが、意外にその傷は深く「ノースカロライナ」は大量の浸水に見舞われてしまう。

 やったらやり返されるではないが、米軍もまた「大和」や「武蔵」、それに「信濃」や「紀伊」に対してやったことを規模を小さくしてやり返されたのだ。


 六隻あった戦艦のうちの二隻までが戦闘に支障が出るほどの損害を被ったことでニミッツ長官は追撃を断念する。

 皮肉にも、これまで鉄砲屋たちが冷遇してきた飛行機屋やどん亀乗りの奮闘のおかげで連合艦隊は、鉄砲屋たちは虎口を脱することに成功したのだった。

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