第49話 巡洋艦対決

 マーシャル沖海戦で九隻の重巡洋艦と四隻の「ブルックリン」級軽巡洋艦を沈められたのにもかかわらず、わずか一年あまりの間に日米の巡洋艦の戦力比はすでに対等かあるいは米側有利に傾いていた。

 「アトランタ」級や「クリーブランド」級といった戦前に計画されていた巡洋艦が次々に就役を開始していたからだ。

 一方、帝国海軍のほうはマル二計画で建造された「利根」と「筑摩」を最後に、「香取」型練習巡洋艦という例外を除けば巡洋艦は一隻たりとも建造されていない。

 マル三計画やマル四計画で大型戦艦を七隻も建造するという鉄砲屋のやりたい放題のあおりを受け、水雷屋が欲してやまない五五〇〇トン型軽巡の後継巡洋艦やあるいはどん亀乗りたちが熱望する偵察指揮巡洋艦といった艦艇はそのすべてが日の目を見ることが出来なかったからだ。

 また、飛行機屋の悲願である新型正規空母も同様に建造には至っていない。

 そんな彼らからすれば、うらやましくて仕方が無い米国の巡洋艦建造事情ではあったが、実際のところその現実は極めて厳しいものがあった。


 防空巡洋艦でありながら水雷戦隊嚮導艦としても使える「アトランタ」級や対艦対空戦闘をそつなくこなせる「クリーブランド」級といった巡洋艦は極めて優秀ではあったが、当然ながらそれらは練達の乗組員がいてこそ本来の能力が発揮される。

 第一任務部隊にある二隻の「ブルックリン」級と四隻の「クリーブランド」級の六隻の軽巡のうちでそのすべてが熟練兵で固められた艦は一隻も無い。

 二隻の「ブルックリン」級軽巡は開戦時には熟練将兵で占められていたものの、それらの多くが新造される「アトランタ」級や「クリーブランド」級巡洋艦の基幹要員あるいは新兵を養成する教育部隊に引き抜かれてしまった。

 また、四隻ある「クリーブランド」級のほうは先述の通り「ブルックリン」級のほか、さらに旧式の「オマハ」級軽巡から大勢の乗組員を転属させたのだが、しかし一方で完全充足には程遠く、残りは若年兵や新兵で補わざるを得なかった。

 そのことで、大量の熟練兵を新鋭巡洋艦に召し上げられてしまった「オマハ」級は本土周辺での哨戒といった危険の少ない任務に携わりつつ乗員の練度を上げるための練習巡洋艦的な存在となってしまっている。


 だが、それでも「ブルックリン」級も「クリーブランド」級も対峙する「高雄」型や「妙高」型といった重巡洋艦よりも新しく、火器管制装置や応急指揮装置といった装備もまた優れている。

 一方、「高雄」型や「妙高」型の乗組員らは開戦劈頭の南方作戦からインド洋作戦までの間に十分過ぎるほどに実戦経験を積んでおり、彼らは悪い意味でも良い意味でも修羅場に慣れていた。


 不慣れな新型艦と練達の旧式艦の戦いは互いに互いを削り合う様相を呈したが、勝敗を分けたのは経験と砲口径の差だった。

 砲弾が命中すれば構造物が壊れるだけでなく人間もまた同様に壊されてしまう。

 「高雄」型や「妙高」型の将兵らは良く言えば胆力のある、悪く言えば仲間の死に対してある意味で麻痺した状態であり、戦闘中は感情の無い機械のようにふるまっていた。

 余計な感情を抱かないからこそ動きが速い。

 被弾に際しては船上火災でなにより怖い煙の発生元を適切かつ矢継ぎ早に断っていく。

 艦の構造や装備、それに最善あるいは次善の動線が体に叩き込まれているから動作に無駄が無い。


 一方、「ブルックリン」級や「クリーブランド」級で戦う経験の浅い若年兵や新兵の中で仲間の血や肉、それに骨や内臓が飛び散るのを見慣れている者はほとんどいない。

 だから、現実の戦闘が現出させる惨状に正気を保てない新兵も一人や二人では済まなかった。

 ベテランと呼ばれる連中もその多くは強大な敵艦隊がいない大西洋からの転属組かあるいは後方にいた者、中には実戦経験のまったく無い者までいたことから咄嗟に適切な指示が出来ない。

 日本の巡洋艦のものより優秀な応急指揮装置を持っていながら、米巡洋艦は火災を消し止めるのに明らかに後れを取っていた。

 そのことで、煙に巻かれた米巡洋艦は射撃に支障をきたし始める。

 その隙を日本の巡洋艦は見逃さない。

 「ブルックリン」級や「クリーブランド」級が持つ一五・二センチ砲弾の二倍の重量を持つ二〇センチ砲弾を次々に彼女らに浴びせ炎や煙の跳梁を加速させる。


 一方の「高雄」型や「妙高」型もまた相応に被弾していたが、一五・二センチ砲弾では多少食らったところで致命傷にはならない。

 だが、もし仮に「高雄」型や「妙高」型が改装前の時と同様に魚雷発射管と次発装填装置を搭載していたら、あるいは何隻かは誘爆によって致命傷を負っていたかもしれない。

 かつて魚雷発射管や次発装填装置があった場所に一五・二センチ砲弾を被弾した艦が多数にのぼっていたからだ。

 鉄砲屋の水雷屋に対する横槍あるいは嫌がらせによって「古鷹」型ならびに「青葉」型を除く重巡洋艦はすべて魚雷兵装を降ろしていたが、それがある意味において奏功した形だった。

 だが、激戦ゆえにそのことに思い至った者は皆無だった。

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