第51話 戦略的敗北
日米の主力艦隊同士が激突したブリスベン沖海戦の結果について、大本営から国民に対して大勝利だったという報道がなされていた。
戦果は撃沈が空母三隻に巡洋艦が六隻、さらに駆逐艦に至っては一六隻にものぼる。
撃沈した空母はそのいずれもが堂々たる正規空母であり、巡洋艦はそのすべてが一万トン級重巡に匹敵する戦力を持つ「ブルックリン」級軽巡かあるいは最新鋭の「クリーブランド」級軽巡といった大物ばかりだ。
駆逐艦のほうもまたそのほとんどが新しくて大きな「フレッチャー」級ということが分かっている。
さらに、とどめを刺すには至らなかったものの、二隻の新型戦艦と一隻の正規空母に深手を負わせており、そのうえ敵機多数を撃墜というおまけまでつく。
一方で、日本側は駆逐艦の一隻すらも失っていないのだから、部外者からすれば完全勝利にすら見えたことだろう。
実際、新聞には海戦模様を伝える記事とともに勇ましい見出しが並び、国民たちは戦勝に喜び浮かれている。
だが、大戦果の陰で連合艦隊が被った損害は深刻だった。
四隻の「大和」型戦艦は航空機や潜水艦によってすべて撃破された。
このうち「大和」と「信濃」はそれぞれ航空機と潜水艦からの魚雷を食らい大破の判定を受けるほどの甚大なダメージを被っている。
「武蔵」と「紀伊」もまた複数の航空魚雷を横腹に突き込まれており、その傷は決して浅くはない。
不幸中の幸いだったのは、建造中の「大和」型五、六、七番艦がいずれもすでに進水を果たしており修理可能な船渠が空いていたことだ。
これを受け、「大和」は呉、「信濃」は横須賀、「武蔵」は佐世保、そして「紀伊」は大分で修理することになった。
空母もまた八隻が撃破されたものの、こちらは水線下に大きな傷を抱えた艦はなく、各艦が指定された造修施設で修理が行われる手はずになっている。
また、「ブルックリン」級軽巡や「クリーブランド」級軽巡と殴り合った「高雄」型や「妙高」型といった六隻の重巡、それに米駆逐艦部隊と戦った「古鷹」ならびに「加古」の二隻の重巡と一六隻の駆逐艦も傷を癒すのと同時に対空火器の増設などが予定されている。
傷だらけとはいえただの一隻すらも失わずに済んだ水上艦艇とは違って艦上機隊のほうは被害が深刻だった。
米艦の予想を大きく超えた対空火器の増強によって九七艦攻はその多くが撃墜され貴重な熟練搭乗員を多数失った。
また、零戦隊もサッチウィーブあるいは機織り戦法と呼ばれる敵の新戦術や、あるいは九七艦攻といった護衛対象を抱えた不利な状況下でのP38との戦闘によってこれまでに無かったようなダメージを被っており再編が必要だった。
だが、なによりも痛かったのはブリスベンの潜水艦基地ならびに街を破壊することに失敗したことだ。
仮にこれに成功していれば、かなりの確率で豪州は日本と単独講和を結ぶことになったはずだ。
だが、最後にして最大の機会を帝国海軍はつかみ取ることが出来なかった。
この結果、帝国海軍は東からの太平洋艦隊の圧力に加え、南からの連合国軍航空戦力による突き上げの脅威にもさらされることが決定づけられることになった。
もちろん、ブリスベンの潜水艦基地も健在だから通商破壊戦の脅威もそのままだ。
いずれにせよ、人材や予算といったリソースを戦艦に重点配分してきたあおりを受けて帝国海軍の航空戦力は貧弱極まりない。
東方ならびに南方からの圧力を支え切れるはずもなく、このことで帝国海軍は戦線の縮小を余儀なくされる。
いくら大艦巨砲主義の帝国海軍といえども、制空権が無ければ陸上であれ海上であれ不利な戦いを強いられることは開戦以降の手痛い教訓から嫌という程に学んでいる。
で、やることはと言えば具体的にはマーシャルの放棄とラバウルからの撤退だ。
このようなことをすれば太平洋の要石とも言うべきトラックは敵重爆の行動圏内に入ってしまうから、その泊地としての機能を失うことになる。
だが、それは承知の上だった。
なにせ、「大和」と「信濃」は最低でも半年、下手をすれば一年近く修理に時間がかかるし、空母の修理もまたその造修施設の貧弱さからこれを一度に行うことが出来ない。
さらに、大損害を被った母艦航空隊の再建や底をつきかけている燃料の備蓄、あるいは海軍の規模拡大によって入隊してきた新兵の教育もある。
現状、防戦に努める以外に帝国海軍にとれる手段は無かった。
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