第48話 経験不足

 マーシャル沖海戦以来、二度目となった日米の主力艦隊同士の対決は速力に優れる軽快艦艇がその戦端を切った。

 重巡「古鷹」と同じく重巡「加古」に率いられた一六隻の駆逐艦の突撃に対して米側は一六隻の「フレッチャー」級駆逐艦がこれを迎え撃つ。

 二隻の重巡を持つ日本艦隊を相手に中遠距離での戦いは不利だと考えた米駆逐隊は牽制の砲撃をかけつつ一気にその距離を詰めてくる。


 「先制攻撃で一気にかたをつける。全艦魚雷発射始め!」


 「古鷹」で指揮を執る田中司令官の命令一下、二隻の重巡と一六隻の駆逐艦から合わせて二〇〇本の酸素魚雷が発射され、米駆逐艦の未来位置目掛けて必殺の包囲網を形成していく。

 鉄砲屋の横槍で大量配備には至らなかった六一センチ酸素魚雷に比べて航走距離が劣る五三センチ酸素魚雷も、だがしかし同じサイズの空気魚雷に比べればその射程は一枚上手をいく。

 米駆逐艦にとって不運だったのは、砲煙弾雨によって日本艦が魚雷を発射したことに気づけなかったこと、さらに海面に落ちる砲弾とその爆発音によって魚雷の接近を直前まで感知できなかったことだ。


 その不運な米駆逐艦が酸素魚雷の網に引っ掛かる。

 それでも米駆逐艦の舷側にわきたった水柱はわずかに六本で、その命中率は三パーセントという惨憺たる成績だった。

 しかし、このことで一八対一六だった戦いは一八対一〇の戦いとなる。

 そのうえ日本側は二隻の重巡を擁しているから実質的な戦力差はさらに大きい。

 被雷によって隊列が乱れた米駆逐艦部隊の隙を突いて「古鷹」と「加古」、それに一六隻の駆逐艦が猛射をかける。

 米駆逐艦はその多くがすぐに態勢を立て直すことが出来ず、混乱から立ち直る前に立て続けに被弾する。


 南方作戦やインド洋海戦で経験を積んだ熟練将兵が多い「古鷹」や「加古」、それに「朝潮」型駆逐艦や「陽炎」型駆逐艦は勝機を逃さない。

 快速を飛ばして米駆逐艦に肉薄する。

 「古鷹」と「加古」は当たらなかった魚雷とは打って変わって面白いように二〇センチ砲弾を米駆逐艦に浴びせ、「朝潮」型駆逐艦や「陽炎」型駆逐艦もまた一二・七センチ砲弾や一〇センチ砲弾を盛大に叩き込む。

 「朝潮」型も「陽炎」型もその主砲は対空戦闘に重点を置いた高角砲であり、対艦戦闘専門の平射砲に比べるとその能力や威力は劣る。

 しかし、ひとたび接近してしまえばそのハンデは無きに等しい。

 そのうえ相手は装甲が薄いかあるいは皆無の駆逐艦だから命中すれば必ずなにがしかのダメージを与える。

 命中率に関しては射撃管制システムの新しい「フレッチャー」級が明らかに優れていたが、この戦いに限ってはその差を帝国海軍の将兵がその技量と経験、なによりその数の力をもって覆した形だ。


 だが、それにも増して決定的な差となったのは指揮官の質だった。

 米駆逐艦の艦長の多くは人手不足もあって、少佐かあるいは大尉だった者を艦長ポストの階級に合わせるために急遽昇進させて中佐あるいは少佐に無理やりでっち上げた者たちだ。

 判断力や統率力といった駆逐艦長が当たり前に求められる水準に達している者は少なく、実戦経験を持つ者に至っては希少種と言っていいほどにその数は少ない。

 これは米海軍にとってマーシャル沖海戦における人的ダメージがあまりにも深刻だったこと、さらには新造艦の建造ペースが凄まじかったことによる組織あるいは人事の歪みともいえる。


 実戦経験の不足は正しい戦力評価を困難にし、その齟齬は致命的な結果をもたらす。

 マーシャル沖海戦のトラウマがそうさせたのか、二隻の重巡の脅威をあまりにも過大評価し、その不利を解消するために無造作に急接近してしまった。

 その結果、大量の魚雷によって足元をすくわれ、数的不利を決定的としてしまう。

 そのような厳しい状況の中、さらに日本艦隊に砲撃戦の継続を強いられ、進退窮まった挙句に一方的に撃滅されてしまった。

 マーシャル沖海戦の時とほぼ同じ、だが微妙に違う敗北の実情を今後の戦訓として持ち帰ることの出来た将兵はごくわずかしかおらず、他の多くの将兵はその身をブリスベン沖に沈めた。

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