第47話 人材の懸念

 「大和」型戦艦を追撃するか、あるいはそれらを逃がすために自分たちに立ちはだかろうとしている旧式戦艦部隊のどちらを相手どるか。

 そのことについて、ニミッツ長官に逡巡は無かった。


 「何も挟撃される危険を冒してまで『大和』型戦艦を追いかける必要は無い。まずは目の前の敵を叩く。それに、旧式とはいえここで日本の戦艦の数を減らしておけば後々楽になる。マーシャル沖海戦の借りを返すには少しばかり数が足りないが、それでも六隻も沈めれば十分だろう」


 そう言って司令部スタッフに自身の考えを開陳したニミッツ長官は、その彼らから特に反論も無かったことで目標を指示する。

 見張り員の識別で、すでに日本艦隊の構成は分かっている。

 敵の六隻の戦艦は前の二隻が「長門」型、中央の二隻が「伊勢」型、そして後方の二隻が「扶桑」型だ。

 六隻の大型巡洋艦はその特徴的な砲塔配列から「妙高型」かあるいは「高雄」型重巡洋艦で間違いない。

 駆逐隊の先頭に立つ水雷戦隊嚮導艦はその砲塔配置から「古鷹」型もしくは「青葉」型重巡洋艦だろう。

 駆逐艦はいずれも条約明け後に建造された「朝潮」型かあるいは「陽炎」型とみられている。

 戦艦と駆逐艦は同数、巡洋艦は二隻劣勢だが日本艦隊が比較的古い艦が多いのに対してこちらは新型艦で揃えている。

 なにより、主力となる戦艦の性能ではこちらが圧倒している。


 「戦艦部隊は敵の戦艦を攻撃せよ。『サウスダコタ』敵戦艦一番艦、『インディアナ』二番艦、『マサチューセッツ』三番艦、『アラバマ』四番艦、『ワシントン』五番艦、『ノースカロライナ』六番艦」


 ひと呼吸置きニミッツ長官は命令を続ける。


 「巡洋艦戦隊は敵の巡洋艦を撃滅せよ。駆逐艦戦隊は敵駆逐艦の掃討にあたれ。

 数は向こうのほうがわずかに上だが、個艦の戦闘能力はこちらが明らかに勝っている。落ち着いて訓練通りにやれば後れを取ることは無いはずだ」


 そうは言ったものの、ニミッツ長官には少しばかりの懸念があった。

 戦艦部隊は問題無い。

 昨年就役したばかりの「サウスダコタ」級の四隻はそのいずれもが「ニューメキシコ」級かあるいは「ニューヨーク」級といった旧式戦艦から多くの熟練兵を異動させて慣熟訓練を行っているから艦の取り扱いにも十分に習熟しているはずだ。

 ただ、その代わりに乗組員を引き抜かれた旧式戦艦のほうは若年兵や新兵の比率が高くなり過ぎ、今では戦艦というよりも練習戦艦のような有り様となっている。

 だから、今回の戦いでは旧式戦艦で編成された第二一任務部隊はハワイや西海岸の防衛といった後方、あるいは二線級の任務についており、ブリスベンには派遣されていない。


 問題があるのは巡洋艦や駆逐艦のほうだった。

 こちらの巡洋艦はいずれも軽巡洋艦だが、そのうちの二隻は戦力の大きな「ブルックリン」級で残る四隻は最新鋭の「クリーブランド」級だ。

 砲口径こそ日本の巡洋艦に劣るものの、逆に門数や発射速度は勝っており、火器管制装置やレーダーの性能もまた優越しているはずだ。

 さらに、こちらの駆逐艦はすべて新鋭大型の「フレッチャー」級で統一されており、雷撃能力こそ「朝潮」型や「陽炎」型にわずかに及ばないが、それ以外の対空能力や対潜能力は明らかに優れている。


 だが、一方でこれら巡洋艦や駆逐艦は練度の面で問題があった。

 日本との戦争が始まって以降、合衆国海軍は戦力増強を加速させているが、艦艇の建造に対して人材の育成がまったくと言っていいほどに追いついていないのだ。

 それでも新型戦艦に関しては旧式戦艦の乗組員を横滑りさせることで従来の練度を維持することが出来ている。

 しかし、巡洋艦や駆逐艦はその建造ペースがあまりにも早すぎるために乗組員のやり繰りに難渋し、どの艦も若年兵や新兵で員数合わせをしなければならなかった。

 さらに、これらに加えて護衛駆逐艦や護衛空母が今年に入って続々と就役を開始しており、こちらにも多くの人材を割り振らねばならない。

 ただでさえ開戦劈頭のマーシャル沖海戦で多数の熟練兵を失っているのだ。

 いかに人材大国で教育上手な米国といえどもその能力には限界がある。

 その艦艇建造ペースと人材養成ペースの歪とも言うべきものが巡洋艦や駆逐艦に端的に現れていた。

 だが、心配ばかりしていても物事は前には進まない。

 懸念を期待に無理やりに置換してニミッツ長官は眼前の日本艦隊との戦いに集中しようとする。

 しかし、そこへレーダーマンから凶報がもたらされる。


 「北方からこちらに向かってくる編隊探知、距離六〇マイル、機数三〇乃至四〇!」

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