第46話 技術と技量

 ブリスベンの潜水艦基地を攻撃する以上、敵潜水艦からの反撃は当たり前のこととして覚悟していたはずだった。

 だからこそ、第一艦隊から第四艦隊にはその対策として四八隻もの駆逐艦が用意されていたのだ。

 だがしかし、敵潜水艦の数は、それ以上に彼らの闘志はこちらの想像を大きく超えていた。

 ブリスベンの街を守るという使命感、あるいはフリーマントルの復仇を果たそうとする敵潜水艦の攻撃は執拗かつ的確だった。

 日本軍は知らなかったが、米潜水艦の探知能力や隠密性、それに魚雷照準装置の性能は伊号潜水艦のそれを遥かに凌ぐものだった。


 当然のごとく米潜水艦の標的とされたのは「大和」型戦艦だった。

 それらのうちで最も狙われやすい先頭の位置にあった、旗艦だと目された「大和」は実に一二本もの魚雷を食らい、そのうちの二本が爆発する。

 しかも、それが航空魚雷を被雷していたのと同じ左舷だったことで傾斜が拡大、緊急注水で事なきを得たものの、海水をがぶ飲みしたことで出し得る速度は一六ノットにまで低下した。

 それでもまだ「大和」は幸運だった。

 もし、仮に命中した魚雷がその信管に不具合を抱えておらず、それらが正常に起爆していればいかに「大和」といえども沈没は免れなかったはずだ。


 逆に運が無かったのが三番艦の「信濃」だった。

 こちらは四本を被雷したが、「大和」と違ってそのすべてが起爆してしまう。

 こちらは「大和」以上のダメージを被り、出し得る速力も一四ノットにまで落ち込んでしまった。

 ただ、不幸中の幸いだったのは、「信濃」のほうはそのいずれもが航空魚雷を食らった反対側の右舷であり、そうでなければ彼女もまた高確率でブリスベン沖にその身を沈めていたはずだ。

 ただ、日本側もやられるばかりではなく、襲撃してきた敵潜水艦のうちの一隻を撃沈確実、さらに三隻撃破の戦果を挙げている。


 「大和」と「信濃」の被雷による速力低下は、つまりは追撃をかけてくる米水上打撃部隊から逃れることが不可能になったことを意味した。

 ここに至り、第二艦隊司令長官であり全体指揮官でもある近藤中将は断を下す。

 傷ついた「大和」型戦艦や空母を逃すために第二艦隊が盾となることを。


 「第一艦隊ならびに第三艦隊と第四艦隊は速やかに戦域から離脱せよ。殿は第二艦隊が引き受ける」


 「大和」型戦艦は帝国海軍の切り札であり決して失うわけにはいかない。

 日々その存在感を増している空母もまた「大和」型戦艦と同様に帝国海軍に必要不可欠のものだ。

 第一艦隊には四隻の「大和」型戦艦以外にも第三戦隊や第七戦隊といった有力な部隊があったが、これらを引き抜くつもりは近藤長官の頭の中には無かった。

 第二艦隊の戦艦は「長門」と「陸奥」を除いて脚が遅く、敵の快速艦艇に突破されたら追いつくことは不可能だ。

 第一艦隊から第三戦隊や第七戦隊を引き抜いてしまえばもしもの際に「大和」型戦艦や空母を守ることが出来るのは重巡「利根」と「筑摩」、あとは水雷戦隊しかない。

 それに、違う所属の艦艇を臨時に指揮下に組み入れても混乱の要素が増えるだけで、乱戦になった場合は同士討ちの恐れさえあった。

 ならば、第二艦隊単独のほうが戦いやすい。

 それに、太平洋艦隊は戦前から入念な訓練を施していた将兵をマーシャル沖海戦の敗北によって大量に喪失しているから、艦隊全体としての術力はこちらには到底及ばないはず。


 「技術の差は技量の差によって覆せばいい」


 第一次世界大戦では技量に勝るドイツの二八センチ砲あるいは三〇センチ砲搭載戦艦が格上の三四センチ砲搭載巡洋戦艦を沈め、当時としては破格の三八センチ砲を持つ最新鋭戦艦をあと一歩のところまで追い詰めたのだ。

 その再現を第二艦隊はここ豪州の海で起こせばいい。

 確かに米国の建艦能力は脅威だ。

 だが、一方でそれらに乗せる海軍将兵は払底しているから若年兵や新兵で員数合わせをするしかない状況のはず。

 洋上の戦士であり技術者でもある海軍将兵を育てるのは長年の月日を要するのだ。


 「米艦隊はその見かけほどには強くない」


 そう思い込むことで強気を維持しようとする近藤長官ではあったが、一方で彼の理性は彼我の戦艦の戦力差が大きく隔絶していることもまた強く理解している。

 例え将兵の技量でこちらが優位にあったとしても「長門」と米新型戦艦の性能差を完全に埋めきれるものではないはずだ。

 敵の新型戦艦は「大和」には及ばないにしても「長門」よりは明らかに上。

 「伊勢」や「日向」、それに「山城」や「扶桑」であればさらにその差は広がる。

 「大和」と「長門」の中間くらいの戦力を持つ同じ数の新型戦艦相手にこちらの旧式戦艦が勝利できる可能性は限りなく低い。


 「だが、それでもやらねばならん」


 悲壮な決意のもと、近藤長官は成すべき命令を次々に出していく。

 米新型戦艦に対抗できる唯一の存在である「大和」や「武蔵」、それに「信濃」や「紀伊」を守るためにもここで引くことは出来なかった。

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