第45話 代償
「『大和』型戦艦のそのいずれにも複数の魚雷を命中させ、さらにすべての空母に最低でも一発の爆弾を叩き込んだのか」
参謀からの戦果報告に、ニミッツ太平洋艦隊司令長官は戦前にハルゼー提督から提示された戦策のことを思い出している。
「『大和』型戦艦がいかに強大だといったところで、つまるところはサイズがデカいだけの戦艦にしか過ぎん。確かに水上砲撃戦という二次元の戦いでは無類の強さを発揮するのだろう。だが、巨体のやつに限って存外頭上や足元は疎かなものだ。
ならば、我々は奴の苦手とする三次元立体戦闘で立ち向かえばいい。うまい具合にここに飛行機と潜水艦のスペシャリストがいるじゃねえか」
そう言って笑うハルゼー提督に、しかしニミッツ長官は具体的なビジョンを問う。
ハルゼー提督が根拠も無しに威勢の良い発言をする人間でないことはニミッツ長官も重々承知しているが事が事だ。
「第一八任務部隊と第一九任務部隊の雷撃隊で『大和』型戦艦の脚と水平を奪い、急降下爆撃隊は邪魔な空母の飛行甲板を叩く。だが、残念ながら俺の機動部隊は空母が四隻しかない。
三〇〇機あまりの艦上機だけでは敵艦の撃破は出来てもとても撃沈にまではもっていけん。そこで、仕上げは第一任務部隊と潜水艦部隊に委ねたい」
「航空機で『大和』型戦艦と敵空母の戦力を削ぎ、最後は新型戦艦やあるいは潜水艦でとどめを刺すという理屈は理解出来る。だが、それでも敵の戦力は強大だ。四隻の空母だけではとても『大和』型戦艦と敵空母の撃破が両立できるとは思えないが」
「四隻の空母の艦上機はすべて敵艦攻撃にその戦力を全振りする。直掩の戦闘機も投入すれば敵の分厚い防空網を突破出来るはずだ」
自身ありげなハルゼー提督に、だがニミッツ長官はごく当たり前の疑問を呈する。
「しかし、そうなると空母の頭上はどうする。いくら我が方の艦艇の対空砲火が強力だとは言っても戦闘機の傘が無ければ大損害は免れんぞ」
「そこで、あんたの出番だ。悪いが陸軍にP38を出してもらうように掛け合ってもらえねえか。あの脚の長い機体なら適切なローテーションを組めば常時数十機を空母部隊の上空に張り付けておけるはずだ。
それに調整や折衝といった人間関係の処理はあんたの十八番だろう」
笑顔でとんでもない面倒事を押し付けてくるハルゼー提督。
だが、これといった良案を持たないニミッツ長官はそれを受け入れる。
そして、結果は見ての通りだ。
ニミッツ長官はハルゼー提督をはじめとした空母部隊将兵の献身に胸中で感謝を捧げる。
戦果報告をする参謀によれば、日本艦隊は舳先を北へと向け、戦場からの離脱を図っているという。
つまり、太平洋艦隊はと言うよりも第一八任務部隊と第一九任務部隊はその身と引き換えにブリスベンの潜水艦基地ならびに街を日本艦隊の魔手から守り切ったのだ。
この結果、作戦の主目的だったブリスベンの防衛と豪州の脱落阻止は完全に達成され、連合国側のあるいは太平洋艦隊の戦略的勝利はここに確定した。
だが、その代償も大きかった。
空母「ヨークタウン」と「レンジャー」が多数の魚雷を浴びて撃沈され、「ホーネット」と「ワスプ」はそれぞれ三本の魚雷を片舷に集中被雷した。
「ホーネット」のほうは他艦の助けを借りてなんとかブリスベンまで帰投できそうだが、「ワスプ」のほうはかなり厳しいらしい。
艦上機も多数失われ、なかでも戦闘機の搭乗員はその半数近くが戦死したとのことだ。
友軍劣勢のなか、圧倒的戦力を誇る日本艦隊を追い払えたのはひとえに空母部隊将兵の奮闘の賜物だ。
だからこそ、その献身や犠牲にこたえなければならない。
ニミッツ長官は太平洋艦隊司令長官として、第一任務部隊指揮官として、冷静な彼にしては珍しく煽るような命令を下す。
「潜水艦部隊は監視任務から攻撃任務へ移行せよ。
第一任務部隊は戦果拡大のためにこれより日本艦隊を追撃する。全艦進路一〇度。
マーシャル沖の借りを返す時は今だ! 侵略者どもを豪州の海に叩き込んでやれ!」
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