第44話 空母撃滅

 「一航戦は右翼の空母群、二航戦は左翼の空母群を攻撃せよ」


 攻撃隊指揮官兼「飛龍」艦攻隊長の友永大尉は右へと離れていく一航戦の九七艦攻を見送りつつ命令を重ねる。


 「『蒼龍』隊は前方の空母、『飛龍』隊は後方の空母を叩け」


 「蒼龍」隊の一八機の九七艦攻が高度を下げ、「飛龍」隊の同じく一八機の九七艦攻が前方の空母群を迂回しつつ後方の空母群へと迫る。

 「蒼龍」隊と「飛龍」隊はともに雷装が一二機に爆装が六機で、雷装の機体は九一式航空魚雷、爆装の機体は新型の投下器に六番を一二発ぶら下げている。

 全機が雷装としていないのはマーシャル沖海戦での手痛い教訓を反映したものだ。

 同海戦では敵の護衛艦艇をそのままにし、すべての機体が輪形陣中央の空母を攻撃した。

 そのことで、九七艦攻は無傷の護衛艦艇から十字砲火を食らい、多くの機体が被弾、大勢の搭乗員を失うという痛手を被った。

 このため、今回は九七艦攻の一部を護衛艦艇攻撃に割き、輪形陣に混乱を生じさせたところに雷装艦攻を突っ込ませることにしたのだ。

 実際、米機動部隊は一隻の空母の周囲を二隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦が取り囲んでいる。

 四隻の空母に対しわずかに九隻の護衛艦艇の配備で済ませている日本の機動部隊とはえらい違いだ。


 十分過ぎるほどの護衛艦艇を用意できる米海軍に対して少しばかりの羨望を抱きつつ、友永大尉は突撃命令を下す。

 真っ先に六機の爆装艦攻が三機ずつに分かれ、輪形陣前方に位置する駆逐艦に狙いを定める。

 空母や巡洋艦よりも火力が弱く、そのうえ装甲が薄い駆逐艦であれば接近も比較的容易だし、六番でもかなりのダメージを与えることが期待できた。

 しかし、火力が弱いと言ってもそこはさすがに最新鋭の「フレッチャー」級であり、急降下爆撃よりも高速航過できる緩降下爆撃を仕掛けたのにもかかわらず一機が投弾前に、さらにもう一機が投弾直後に撃墜される。

 それでも六〇発投じられた六番のうちの一割が命中、二発を食らった駆逐艦は当たりどころが悪かったのか猛煙を噴き上げ、四発を食らった駆逐艦もまた艦の四カ所から細い煙を上げ、こちらも速度を落としつつあった。


 前方に位置していた二隻の駆逐艦が速度を衰えさせたことで輪形陣にほころびが生じる。

 そこへ一二機の九七艦攻が左舷から迫る。

 本来、目標が脚の速い空母であれば確実を期すために挟撃したいところではあった。

 実際、九七艦攻の数が二航戦より五割も多い一航戦のほうはその堅実な戦法を取っているはずだ。

 だが、九七艦攻の数が決定的に不足している二航戦ではそのような攻撃は現実的ではない。

 わずか一二機の九七艦攻が左右に六機ずつに分かれて攻撃すれば、その分だけ敵が指向できる対空火器の数が増え、逆にこちらは一機あたりに向かってくる砲弾や機銃弾が増えてしまう。

 米艦の対空能力はインド洋で戦った英艦と比べて遥かに強力なのだ。

 だから、一二機の「飛龍」艦攻隊は目標とした空母に一方向から迫る。


 その彼らの瞳に、艦橋と煙突が一体化したシルエットが映る。

 「ヨークタウン」級かあるいは「ワスプ」のいずれかだ。

 目の前の敵は開戦から一年あまりの間に相当な対空兵装の強化を行ったのだろう。

 こちらに向かってくる火箭の量が半端なかった。

 射点に入る前に眼前の空母ならびに護衛艦からの対空砲火で二機の九七艦攻が叩き墜とされ、魚雷投下直後に一機、さらに敵対空砲火の有効射程圏からの離脱途中にも一機が撃墜される。

 一度の攻撃で三分の一を失うという甚大な損害を被った「飛龍」艦攻隊だったが戦果もあがった。

 敵空母の左舷に三本の水柱が立ち上る。

 その頃には各攻撃隊から次々に報告があげられてくる。


 「『蒼龍』隊、敵空母に魚雷三本命中、大傾斜」

 「『加賀』隊、敵空母に魚雷六本命中、撃沈確実」

 「『赤城』隊、敵空母に魚雷五本命中、撃沈確実」


 二隻撃沈確実、残る二隻も大破は間違いないところで、沈没する可能性も大きい。

 攻撃は成功と言っていい。

 だが、犠牲も少なくなかった。

 この一度の攻撃だけで艦攻隊は一〇〇人近い搭乗員を失ったはずだ。

 いずれもマーシャル沖海戦やインド洋海戦などの激戦を生き延びてきた貴重なベテランたち。

 補充は容易では無いというか、ほとんど不可能なのではないか。

 大戦果を挙げたのにもかかわらず、友永大尉は胸中に大きな不安が広がってくるのを抑えることが出来なかった。

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