第39話 復讐の猛将

 ブリスベン近郊の飛行場には合わせて二〇〇機近い米陸軍のP38戦闘機が配備されていた。

 これら機体はしかしブリスベンを守るために集められたものではない。

 P38の目的はその長大な航続力を生かして米艦隊の頭上を守ることだ。

 一方、ブリスベンの軍事施設や街のほうはP40戦闘機を装備する豪空軍戦闘機隊がこれを守ることになっている。

 両機体の航続性能を考慮した役割分担ではあったが、それでもいくらP38の脚が長いと言ってもいつまでも米艦隊の上空にとどまっていられるわけでもなく、それに搭乗員のスタミナや集中力にだって限界はある。

 このため、P38は四つのグループに分かれ、そのうちの一つは艦隊上空にとどまり警戒飛行を続ける。

 残る三つは移動や整備補給、それに即応待機といったローテーションだ。

 計算上は五〇機ほどが常時米艦隊上空で直掩任務に当たれるはずだが、いかに高い品質管理能力や整備能力を持つ米国であっても一〇〇パーセントの稼働率を維持することは不可能だ。

 なので、実際には四〇機ほどのP38が第一八任務部隊と第一九任務部隊、それに第一任務部隊の上空に傘を差しかけるのが精いっぱいだった。

 それでも、戦闘機の援護が有るのと無いのとでは大違いだ。

 それと、P38はペイロードが大きいから、熟練搭乗員が駆る機体であれば爆撃機としての能力も期待できた。

 現在のブリスベン周辺の飛行場はそのいずれもが戦闘機を優先配備したことで爆撃機の数は少ない。

 しかも、それらのうちの多くを索敵任務に投入せざるを得ない。

 今回の敵は不動の陸上基地と違って移動する艦隊だからだ。

 そのようななかにおいてP38の爆撃能力は、台所事情が厳しい連合国軍にとっては貴重なカードでもあった。


 そのブリスベンをめぐる戦いは、双方から発進した多数の索敵機によって始まり、すでに相手の存在を日米ともに探知している。


 「一方的な先制発見こそかなわなかったが、それでも相手に後れをとることなく日本艦隊の主力を発見することができた。まあ、滑り出しとしては上出来だ」


 日本艦隊発見の報に第一八任務部隊と第一九任務部隊、つまりは空母部隊の指揮を任されたハルゼー提督が満足げにうなずく。

 陸上基地のB17やあるいは水上機基地のカタリナだけでなく、第一八任務部隊と第一九任務部隊からも二〇機あまりのSBDドーントレス急降下爆撃機を索敵に出したのだ。

 これで敵艦隊が見つからなければどうかしている。


 「予定通りだ。まずは戦闘機のみによるファイタースイープ部隊、続いて急降下爆撃隊と雷撃隊を発進させる。

 それとブリスベン周辺に展開する基地航空隊に増援の要請を出せ。日本の連中は素早いが、それでも即応待機の機体は艦隊直掩に間に合うはずだ」


 ハルゼー提督の命令一下、第一八任務部隊の「ヨークタウン」と「レンジャー」、それに第一九任務部隊の「ホーネット」と「ワスプ」からそれぞれ四八機、合わせて一九二機のF4Fワイルドキャット戦闘機が飛行甲板を蹴って東の空へと駆け上がっていく。

 さらに、四八機のSBDと六〇機のアベンジャー雷撃機がこれに続く。

 このことで、四隻の米空母の格納庫はすっからかんとなる。

 文字通りの全力出撃だ。


 マーシャル沖海戦では三隻の空母にわずか六〇機あまりの戦闘機しか搭載しておらず、そのうえ日本艦隊と戦う前にマーシャル基地航空隊との戦闘によって少なくない機体を損耗していた。

 洋上防空能力が弱体化したところに日本の空母部隊から発進した艦上機の猛襲を受け、「エンタープライズ」と「サラトガ」、それに「レキシントン」は成すすべなくほぼ一方的に撃沈されてしまった。

 ハルゼー提督もまた、人事不省に陥る重傷を負い、長い入院生活を強いられた。

 あの時の屈辱は今も忘れていない。

 だからこそ、今回の戦いで日本の空母を沈めたいという気持ちは誰よりも強い。


 だが、復仇に目を奪われていたら大局を見誤る。

 この戦いにおいて、まず目指すべきは日本艦隊の撃退だ。

 その最優先破壊目標となるのは敵空母、それは間違いない。

 しかし、それとは別に空母と同等かある意味においてそれ以上に叩いておくべき軍艦が四隻あった。

 そして、それを成せば確実にブリスベンを守ることが出来るうえに日本海軍に対して甚大なダメージと衝撃を与えることが出来る。

 ハルゼー提督は東の空へと消えていく友軍機に胸中でエールを送る。


 「頼んだぞ。あのデカブツどもを沈めろとまでは言わん。

 だが、お前たちなら半身不随には出来るはずだ。そうすれば、あとはニミッツ長官自らが始末をつけてくれる」

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