ブリスベン沖海戦

第36話 フリーマントル炎上

 開戦からわずか半年で西太平洋からインド洋までの制海権を掌握するに至った帝国海軍にとって、豪州のフリーマントルやブリスベンから出撃を繰り返す連合国軍潜水艦はのどに刺さった小骨のような存在だった。

 幸い、これまでに被った損害こそたいしたものではなかったが、しかしそれは魚雷が起爆しなかったからであり、被雷した船舶は相当数にのぼっていた。

 逆に言えば、敵の魚雷が起爆するようになれば日本が失う船舶は激増する。

 そして、米海軍がその欠陥にいつまでも気づかないという保証はないし、それを否定するのはあまりにも楽観が過ぎる。

 そこで、その元を断つべく帝国海軍はまずは日欧連絡線に直接脅威を及ぼす位置にあるフリーマントルの潜水艦基地を叩くことにする。

 ドイツからの貴重な物資や技術を運んでくれる船舶をむざむざと沈められてしまってはたまらないし、なにより日本の信用問題にもかかわってくる。


 東洋艦隊を撃滅したことによってインド洋の制海権を奪取した帝国海軍ではあったが、それでも広大な海洋の完全制圧にはそれなりの時日を要した。

 また、フリーマントル攻撃に必要とされる物資の集積にも思わぬ時間がかかり、初夏に発動されるはずだった作戦は九月にまでずれ込む。


 だが、その分だけ戦力も充実した。

 マーシャル沖海戦での損傷を癒し、猛訓練によって乗組員の練度が著しく向上した四隻の「大和」型戦艦。

 同じく修理や整備を終え、新たに航空隊の新編も完了した大型空母の「加賀」と「赤城」。

 さらにインド洋作戦終了後に内地に戻り、そこで整備を終えた六隻の戦艦と「蒼龍」や「飛龍」をはじめとした空母群。

 実に戦艦一四隻に空母七隻、それに数十隻の巡洋艦や駆逐艦を投入した一大作戦は、しかしあっけないほど簡単にその目的を達成してしまう。

 その一番の理由としては連合国艦隊の迎撃が無かったことが挙げられる。

 当時、太平洋艦隊は再建の途上であり、正面から連合艦隊と戦える戦力ではなかった。

 また、英国もインド洋海戦で受けた傷があまりにも深く、そのうえ鹵獲された空母「インドミタブル」と「フォーミダブル」を取り込んだことによって一気に強大化したドイツ海軍の跳梁にも備えなければならないから豪州に出せる戦力の余裕が無い。


 このことで、連合国軍は申し訳程度に強化された基地航空戦力で連合艦隊に戦いを挑んだが、二〇〇機を超える零戦隊の防衛網を突破して日本の艦艇に攻撃を成功させたのはわずかばかりのB17重爆のみだった。

 それらも数が少なかったことと水平爆撃による攻撃だったために目ぼしい戦果を挙げることはかなわなかった。


 連合国軍にとって誤算だったのは、連合艦隊がフリーマントルの撃滅だけでは満足せず、そのすぐ脇にあるパースをも徹底攻撃したことだった。

 豪州西部の最大都市であり、全体でも第四位の人口を持つパースだったが、海岸線にかけて発達した縦深の無いこの都市に対し、一四隻の戦艦から発射された合わせて一〇〇〇〇発近い巨弾は完全にオーバーキルと言えるものだった。


 フリーマントルとパースが灰燼に帰したことで豪政府はパニックとなる。

 豪政府としてもフリーマントルの潜水艦基地がやられることについては覚悟していた。

 だが、パースに日本軍が上陸することはあっても、まさか街ごと焼き払ってしまうなどということは想像の埒外だ。

 さらに、ダメ押しとばかりに日本軍は豪政府に対し、次の目標は同じく潜水艦基地を擁するブリスベンであることを予告する。

 豪州第三の人口を抱えるこの都市までがやられるようであれば、豪州はとてもではないが戦争を続けることは出来ない。

 日本軍は年内のうちにブリスベンからの避難を勧告している。

 ここに至り、戦力の回復と蓄積を優先させてきた太平洋艦隊も重い腰を上げる。

 彼らとしては対日反攻のための拠点、それになにより同盟国を失うわけにはいかなかったからだ。

 それに、その頃には日本艦隊と戦えるだけの戦力がすでに整っている。

 その根拠の中心となるのは六隻の新型戦艦の存在だった。

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