第35話 鹵獲空母の生きる道
英国に、欧州に激震が走っていた。
東洋艦隊が壊滅したうえにインド洋の制海権もまた失陥、つまりは英国経済の大動脈ともいえる英印航路を喪失してしまったからだ。
インド洋海戦の結果は無残なものだった。
東洋艦隊に配備されていた五隻の戦艦はそのいずれもが日本の雷撃機によって複数の魚雷を食らい、さらに追撃をかけてきた日本戦艦の砲撃で海底深く葬られてしまった。
これら五隻は浸水が激しかったことで、日本軍がその鹵獲をあきらめたことがせめてもの救いだった。
巡洋艦や駆逐艦もそのほとんどが同じく日本の軽快艦艇の猛攻によって失われている。
さらに、空母「ハーミーズ」が日本の「高雄」型重巡の砲撃によって撃沈され、「インドミタブル」と「フォーミダブル」もまた同じく「高雄」型の追撃を振り切れずに鹵獲されるという信じられないことまで起こっている。
そして、とどめというか東洋艦隊司令長官のソマーヴィル提督が捕虜になるというおまけまでついてしまった。
このことで、チャーチル首相はその責任を問われ、政治的苦境に陥っている。
まさかの東洋艦隊惨敗とインド洋失陥のダブルパンチに対し、英国民はさらなる困窮に恐怖するとともに、これをきっかけとして厭戦気分もまた加速していた。
この英国の苦境を目ざといヒトラー総統が見逃すはずもなかった。
ヒトラー総統は夏以降に予定していたバクー油田攻略作戦を一時棚上げし、英国への嫌がらせにその全力を傾注することを決意する。
まず手始めにイタリア統領と同国海軍のケツを叩きつつ、バクー油田攻略作戦に用意していたドイツ空軍ならびに陸軍戦力の一部を地中海方面に投入、あっさりとマルタ島を陥とす。
地中海東部の制海権を確保したドイツ・イタリア連合軍はそのままエジプトへ侵攻、補給を断たれた英エジプト軍は包囲殲滅を避けるために同地から大急ぎで撤退した。
エジプトを掌握したドイツ・イタリア軍はさらにスエズ打通を成し遂げ、ここに欧日交通線が完成をみる。
欧日交通線の開通に喜ぶ一方で、ヒトラー総統にはひとつ心変わりしたことがあった。
これまで大型水上艦艇の有効性に疑問を持っていたヒトラー総統だったが、インド洋での日本海軍の快進撃やあるいは地中海でのイタリア海軍の意外な活躍に触発され、ドイツ海軍もしかるべき艦隊戦力があれば作戦あるいは戦術の柔軟性が大いに増すと考えたのだ。
例えば高速機動部隊を編成し、これを使って英国周辺の海上交通線を脅かせば愉快なことこのうえない。
そこで、ヒトラー総統はかつて帝国海軍に約束していた「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の供与を取り消す代わりに工作機械や電装品、それにレーダーや誘導兵器といった最新技術を与えたいと提案した。
一方、帝国海軍としては米海軍が建造を進めている大型巡洋艦という名の巡洋戦艦に対抗する意味でも「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」の両艦は喉から手が出るほどに欲しい艦ではあった。
二八センチ砲を装備し、日本海軍最速を誇る「金剛」型戦艦のさらに上をいく速度性能は欧州だけでなく太平洋でも十分に生かせるはずだ。
だが、一方で両艦の供与の約束を反故にした代償として持ち掛けられてきた工作機械や最新技術もまた是が非でも欲しい。
さらに帝国海軍上層部が頭を悩ませたのが、ドイツが求めてきたお代わりだった。
先のインド洋海戦で鹵獲した「インドミタブル」と「フォーミダブル」もまた欲しいと言ってきたのだ。
「インドミタブル」と「フォーミダブル」はこちらもまた帝国海軍が欲してやまない堂々たる正規空母だ。
そのうえ、飛行甲板に装甲まで施してある。
だが、一方で帝国海軍の艦上機を運用するにはエレベーターの幅があまりにも狭すぎた。
もちろん、エレベーターを大型のものに換装すれば良いしそれは技術的には可能だ。
しかし、造修施設が貧弱な日本で大型艦の大規模な改造工事をやる余裕はほとんど無い。
最初はドイツの厚かましさに怒り心頭だった帝国海軍上層部も、冷静になるにつれて鹵獲空母をドイツとの物々交換のネタとして活用したほうがメリットが大きいのではないかという判断に至った。
それに、ドイツがしかるべき戦力を持った艦隊を保有すれば米英はそれに対抗出来る戦力を欧州に配備しなければならない。
つまりは、その分だけ連合国の戦争資源が欧州に投入されることになり、逆に太平洋側への圧力は軽減される。
そうなれば、口にこそ出せないが日本としては大助かりだ。
なので、帝国海軍はヒトラー総統の求めであれば喜んで「インドミタブル」と「フォーミダブル」を差し上げるとリップサービス込みで供与を認める。
帝国海軍の真意を知らないヒトラー総統には二隻の英空母の提供はたいへんありがたいものに映ったようで、彼は関係者に対して帝国海軍には最大限の便宜を図るよう指示した。
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