第34話 東洋艦隊壊滅

 戦艦「長門」と「陸奥」がそれぞれ八門の四一センチ砲を振りかざして重巡「コーンウォール」と「ドーセットシャー」に猛射をかける。

 一方の「コーンウォール」と「ドーセットシャー」もまた同じく八門の二〇センチ砲で果敢に反撃するが、力の差は圧倒的だった。

 「長門」「陸奥」と対峙した時点で「コーンウォール」「ドーセットシャー」はすでに手負いだったが、それでも意地を見せ「長門」「陸奥」に対して複数の二〇センチ砲弾を叩き込む。

 だが、二〇センチ砲弾程度では「長門」「陸奥」の重厚な装甲を貫けるはずもない。

 逆に、「コーンウォール」と「ドーセットシャー」の装甲は「長門」や「陸奥」が放つ四一センチ砲弾に対してはまったくの無力だった。

 両艦は「長門」と「陸奥」に手傷を負わせたものの、しかしそれが精いっぱいで健闘虚しく洋上の松明と化してしまった。


 第五戦隊の「妙高」と「羽黒」、それに「那智」もまた「エンタープライズ」と「ダナエ」、それに「ドラゴン」の三隻の軽巡に容赦なく二〇センチ砲弾を浴びせていった。

 これら三隻の軽巡はそのいずれもが戦力の小さな旧式艦であり、こちらもまたその地力の差から一方的な展開となった。


 第二水雷戦隊ならびに第四水雷戦隊の「古鷹」と「加古」の二隻の重巡、それに一二隻の駆逐艦は傷ついた英駆逐艦を次々に討ち取っていった。

 その多くがすでに被弾していた英駆逐艦は機動力を発揮することも出来ず、魚雷や二〇センチ砲弾によって次々に撃沈されてしまった。


 英水上打撃艦艇が断末魔の叫びをあげている頃には快速を飛ばして英空母に肉薄した第四戦隊の重巡「愛宕」と「高雄」、それに「摩耶」もまた主砲射撃を開始している。

 真っ先に捕捉され、二〇センチ砲弾をしたたかに食らって炎上したのは英空母の中で最も脚が遅い「ハーミーズ」だった。

 攻撃力のそのほとんどを艦載機に依存する空母が水上打撃艦艇、しかも戦艦に次ぐ攻撃力を持つ重巡と砲撃戦を行えば結果はどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 「摩耶」から放たれた二〇センチ砲弾が次々に「ハーミーズ」に吸い込まれ、命中のたびに炎と鉄片が彼女の船体を傷つけていく。


 「ハーミーズ」が盛大な黒煙をまとう頃には「愛宕」と「高雄」もそれぞれ目標に定められた空母を主砲の有効射程圏内におさめ二〇センチ砲弾を放っている。

 全速に近い状況で砲撃を行っているのでなかなか着弾を寄せられず、挟叉を得るまでに相応の時間を要した。

 しかし、ひとたび散布界の中に目標をおさめてしまえば後はしめたものだ。

 最初の斉射で一発が命中、英空母から爆炎と爆煙が沸き立つ。

 同時に見張りが歓喜交じりの絶叫のような報告を上げてくる。


 「英空母に白旗が揚がりました! 速度も明らかに落ちています!」


 その報告に間髪入れず近藤長官が砲撃中止を命令する。

 降伏の意を示す相手に追い打ちの砲撃をやってしまっては、それこそ帝国海軍の看板に泥を塗るようなものだ。


 「やけにあっさりと降伏しましたな。もう少し粘るものかと思いましたが」


 「かつての『グローリアス』喪失のトラウマがそうさせたのかもしれんな」


 あっさりと降伏の意を示した英空母に対し、意外だという表情の白石参謀長のつぶやきのような感想、それに近藤長官もまた自身の想像を被せる。

 二年近く前に生起したノルウェー沖海戦で英空母「グローリアス」はあろうことかドイツ巡洋戦艦「シャルンホルスト」と「グナイゼナウ」に捕捉され撃沈されてしまった。

 空母が水上打撃艦艇に撃沈されるという珍事は、しかし英海軍にとっては悪夢そのものだったことだろう。

 当時の「グローリアス」には寡兵ながらも護衛戦力が帯同していたが、それでも彼女は助からなかったのだ。

 そして、今の英空母には護衛艦は一隻も無い。

 東洋艦隊の巡洋艦や駆逐艦はそのいずれもが友軍空母とそこに収容された傷ついた戦友を守るために圧倒的に優勢な第二艦隊の前にその身を挺して立ちふさがったからだ。

 それでも、すべての日本の艦艇を阻止することは出来ず、三隻の重巡の追撃を許してしまった。

 護衛の無い空母が重巡に内懐に飛び込まれては助かる道理は無い。

 あるいはこれが二〇センチ砲を装備する「レキシントン」や「サラトガ」であればそれなりに反撃出来たのかもしれないが、あいにく「イラストリアス」級空母や「ハーミーズ」には重巡と撃ち合えるだけの火力はなかった。


 「そうでなければ、将兵の命を優先させたかだ。戦って死ぬにせよ降伏するにせよ、いずれにしてもソマーヴィル提督にとっては苦渋の決断だったはずだ」


 自分も強大な米国と戦う以上、ソマーヴィル提督の運命が自身の将来におこらない保証はどこにも無い。

 むしろ、高確率で有り得るのではないか。

 そう考える近藤長官の表情は勝者のそれではなかった。

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