第31話 事前構想不発

 空母「インドミタブル」と「フォーミダブル」からそれぞれ七機、「ハーミーズ」から六機の合わせて二〇機の索敵機のうち、中央にほど近い索敵線を担当するアルバコアから日本艦隊発見の報が届けられる。

 日本艦隊は六隻の戦艦を主力とする水上打撃部隊を前衛に、さらに五隻の空母を基幹とする機動部隊がその後を追求しているという。


 その報せを受けた東洋艦隊司令長官のソマーヴィル提督は「ハーミーズ」に接触機を出すように命じるとともに少しばかり逡巡する。

 ソマーヴィル提督は戦前、索敵機が遠方で敵を見つければ適切な間合いを取ったうえで夜間雷撃、逆に想定よりも近い距離で発見した場合は全力攻撃を仕掛けるつもりでいた。

 だが、索敵機が報告してきた距離は遠いとも近いともいえないなんとも微妙なものだった。

 もちろん、それはこちらが勝手に抱くイメージであって、広大な太平洋で米国との戦いに明け暮れている日本の連中からすればさほど遠くはないのかもしれない。


 少しばかり悩んでからソマーヴィル提督は艦上機隊に出撃を命じる。

 敵艦上機による先制攻撃によって一方的に蹂躙されることだけは避けなければならない。

 こちらもまた敵の索敵機、おそらくはケイトと呼ばれる機体によってすでに発見されているのだ。


 ソマーヴィル提督の命令一下、「インドミタブル」と「フォーミダブル」からそれぞれシーハリケーンが一三機にアルバコアが一八機、それに「ハーミーズ」からシーハリケーン一〇機の合わせて七二機が飛行甲板を蹴って東の空へと消えていく。

 直掩機は残さなかった。

 そもそもとして、東洋艦隊の三隻の空母には合わせて三六機の戦闘機しか配備されておらず、攻撃隊の護衛と空母部隊の直掩任務を両立させるにはあまりにもその数が少なすぎた。


 「艦隊を前進させろ。シーハリケーンではこの距離は厳しい」


 そう命じつつも、ソマーヴィル提督は事前予測が甘かったことを痛感する。

 まさか、日本艦隊が五隻もの空母を投入してくるというのはソマーヴィル提督にとっては想定外もいいところだった。

 日本の空母は「加賀」と「赤城」が日本本土にあるから、この海戦に参加しているのは「蒼龍」と「飛龍」を除けばあとは「龍驤」と「瑞鳳」、それに「鳳翔」といったところか。

 日本にはあと「春日丸」という商船改造空母があるが、こちらは脚が遅いのでさすがに機動部隊には組み込まれていないはずだ。


 「そうなると敵は一八〇機から多くても二〇〇機までだろう。それでも、こちらの二倍の数だ。索敵に二〇機、直掩に五〇機を残すとして一〇〇機以上がこちらに向かってくる計算だな」


 頭の中で簡単に計算し、ソマーヴィル提督は覚悟を決める。

 一〇〇機以上の艦上機による空襲を受ければ「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに「ハーミーズ」がまったくの無傷で切り抜けることはまず無理だろう。

 護衛はわずかに重巡が二隻に駆逐艦が六隻だけだから輪形陣を形成するのが精いっぱいであり、濃密な対空弾幕など期待できようはずもない。

 これらの中で一番狙われやすいのは艦型の大きい「インドミタブル」と「フォーミダブル」だが、こちらは装甲空母であり抗堪性は並みの空母とは一線を画する。

 実際、同じ装甲空母の「イラストリアス」は昨年のMC4作戦においてドイツ空軍の猛襲を受け、多数の爆弾を食らいながらもその類まれな防御力によってかろうじてではあるが生還に成功したのだ。

 逆に艦型が小さいがゆえに狙われにくいであろう「ハーミーズ」は一方で防御力が低い。

 もし、被弾すればかなりの確率でやられてしまうだろう。


 ソマーヴィル提督は自身が座乗する「インドミタブル」をあえて輪形陣の外に置いて囮にしようかと考える。

 そうすれば日本の艦上機は他艦の支援を受けにくい位置にある「インドミタブル」に喜び勇んで食いついてくるはずだ。

 「インドミタブル」の粘り次第では「フォーミダブル」と「ハーミーズ」は助かるかもしれない。

 だが、ソマーヴィル提督はその妄念を振り払う。

 自分ひとりならまだしも、「インドミタブル」には千人を超える将兵が乗り組んでおり、その多くが年若い青年だ。

 十死零生の戦術を取るわけにはいかない。


 「結局は正攻法による戦いで決着をつけることになったか」


 夜間雷撃構想が不発に終わり、機動部隊同士の昼間戦闘になったことでA部隊は日本の機動部隊と正面からの殴り合いに臨むことになる。

 こうなれば、ソマーヴィル提督としては装甲空母の強靭性に期待する以外に出来ることはない。

 あとは、口にこそ出さないものの神頼みかあるいは運頼みだけだった。

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