第30話 東洋艦隊司令長官
太平洋艦隊の戦艦群を葬った「大和」型戦艦が出張っていれば、間違いなく避戦を主張するに足る根拠となってくれたはずだ。
あるいは強大な攻撃力を誇る「加賀」や「赤城」といった大型正規空母がいてくれたら同じことが言えたかもしれない。
自分たちを遥かに上回る戦力を持つ太平洋艦隊を撃ち破った巨大戦艦や大型空母といったそれら艨艟たちは、だがしかしそのいずれもが日本本土にあることが分かっている。
一方、こちらに向かっているとされる戦力は旧式戦艦が五隻乃至六隻、それに「蒼龍」と「飛龍」を基幹とする空母部隊。
このほかに日本海軍には四隻の「金剛」型戦艦があるが、こちらはそのすべてが太平洋方面に配備されていることが分かっている。
おそらく、「金剛」型戦艦は遊撃戦を仕掛けてくるかもしれない米艦隊に対する備えなのだろう。
そうなればこちらに向かっているのは「長門」型と「伊勢」型、それに「扶桑」型のいずれか、あるいはそのすべてだ。
四〇センチ砲を持つ「長門」型は脅威だ。
だが、それ以外の戦艦はすべて三六センチ砲搭載戦艦であり、こちらの三八センチ砲搭載戦艦で十分に対処が可能だ。
空母も「蒼龍」と「飛龍」はマル二計画における建造予算を信じる限り、さほど大きな艦型を持つ艦ではない。
「加賀」や「赤城」といった大型空母のような戦力は持ち合わせていないだろう。
それでも戦力的にはこちらがやや不利だが、しかしそれは決定的な差でもない。
それに、戦う場所はこちらのホームグラウンドであり、後方支援のことも考慮すれば戦力差はさらに縮まる。
つまり、こちらが日本艦隊との戦いを避ける大義名分は無いということだ。
情報戦にめっぽう強いお国柄のおかげで事前に敵戦力の詳細が分かるのはありがたいが、しかしその能力は現状を考えれば痛し痒しといったところだ。
東洋艦隊を指揮するソマーヴィル提督は嘆息を漏らす。
期待していた増援がゼロ回答だったからだ。
昨年末に生起したマーシャル沖海戦で太平洋艦隊を撃破した連合艦隊は必ずその矛先をインド洋に向けてくるとソマーヴィル提督は考えていた。
太平洋艦隊の戦艦群が壊滅した今、大艦巨砲主義の日本海軍にとって目ぼしい獲物といえば東洋艦隊の戦艦部隊だけだ。
だからこそ、ソマーヴィル提督は海軍上層部に戦力の増強を訴えた。
新鋭戦艦の「キングジョージV」級の数がそろいつつある中、少なくとも「ネルソン」と「ロドネー」の二隻の四〇センチ砲搭載戦艦をインド洋に回すことは可能なはず。
だが、そのソマーヴィル提督の願いを米海軍がとった方針が無残に砕く。
マーシャル沖海戦で八隻の戦艦と三隻の空母、それに一三隻もの大型巡洋艦を一挙に喪失した米海軍は正気を失ったのか、ハワイや西海岸を防衛するという名目で大西洋艦隊の戦力をことごとく太平洋に回す決断をする。
三隻の「ニューメキシコ」級戦艦やあるいは「ヨークタウン」や「ホーネット」といった正規空母、それに多数の巡洋艦や駆逐艦を次々に大西洋から引き抜いていった。
このことで、大西洋方面の連合国海軍はその戦力を著しく低下させ、それは逆に英海軍の負担を大きくした。
さらに、米国は英国に対して「ノースカロライナ」や「ワシントン」といった新型戦艦、それに「ワスプ」や「レンジャー」といった中型空母もまた太平洋に回すことを通告してきており、これについてはチャーチル首相が猛然と反意を示しているが、ルーズベルト大統領の意思は固いという。
実際、米国では太平洋艦隊が壊滅したことを知ったハワイや西海岸の住民らの間でパニックに近い不安が広がっており、日本軍が近くアラスカに上陸するのではないかといったような憶測やあるいは流言飛語までが飛び交っているのだそうだ。
ドイツ打倒を願うルーズベルト大統領としては、本音を言えば大西洋艦隊の戦力を太平洋に回すといったようなまねは決してしたくはないはずだ。
だが、他国の援助よりも自国の防衛を優先しろと自国民が望んでいる以上、ルーズベルト大統領もそれにこたえざるを得ない。
そのしわ寄せが回りまわって今、東洋艦隊に増援無しという形で押し寄せてきている。
だから、ソマーヴィル提督としては現有戦力のやり繰りで日本艦隊と対峙せざるを得なかった。
友軍劣勢のなか、それでもソマーヴィル提督は夜間雷撃に勝機を見出すつもりだった。
明るいうちに敵の正確な戦力と位置を把握し、そのうえで夜になるまで適切な間合いを保つ。
言うは易いが、実行は極めて困難だ。
こちらが相手を捜すということは、向こうもまたこちらを捜しているということだ。
当然のことながらこちらもかなりの確率で発見されるだろう。
そもそもとして、機動部隊同士の戦いというものは飛行機を使った殴り合い、もっと言えば差し違えだ。
マーシャル沖海戦では劣勢な米空母が致命傷を負い、優勢な日本側は重傷で済んだ。
それだけのことだ。
しかし、一方でソマーヴィル提督はその事実を別の切り口で考える。
「空母に限定すれば差し違えでも十分か。『蒼龍』と『飛龍』を失えば、連中はインド洋から撤退せざるを得なくなるはずだ。
洋上航空戦力の無い中で戦えばどうなるかは『ビスマルク』や『プリンス・オブ・ウェールズ』の最期がそれを証明している。つまりこの戦い、カギとなるのは空母戦だ」
そうであるならば、自分こそが機動部隊の指揮を執るべきだろう。
ソマーヴィル提督は東洋艦隊をA部隊とB部隊の二群に分けることにする。
機動部隊のA部隊は自身が直率し、水上打撃部隊のB部隊はその指揮を次席指揮官であるウィリス提督に委ねる。
B部隊には可能な限りの水上打撃戦力を振り向けることにした。
A部隊
「インドミタブル」(シーハリケーン一三、アルバコア二五)
「フォーミダブル」(シーハリケーン一三、アルバコア二五)
「ハーミーズ」(シーハリケーン一〇、アルバコア七)
重巡「コーンウォール」「ドーセットシャー」
駆逐艦六
B部隊
戦艦「ウォースパイト」「リベンジ」「レゾリューション」「ラミリーズ」「ロイヤル・ソブリン」
軽巡「エンタープライズ」「エメラルド」「ダナエ」「ドラゴン」
駆逐艦八
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