第32話 幻の史上初

 東洋艦隊の上空に至るまでに攻撃隊は敵の戦闘機による迎撃を受けなかった。

 つまり、敵機動部隊は攻撃にその持てる力を全振りしているということになる。


 「大丈夫か、第三艦隊のほうは」


 今頃は英艦上機の大群によって友軍艦隊が苦戦を強いられているのではないかという不安を、だがしかし嶋崎少佐は無理やり振り払って眼前の戦いに集中する。


 「目標、『瑞鳳』隊ならびに『祥鳳』隊敵巡洋艦と駆逐艦。

 『飛龍』第一中隊目標敵一番艦、第二中隊二番艦、第三中隊三番艦。

 『蒼龍』第二中隊四番艦、第三中隊五番艦」


 嶋崎少佐の端的な命令を受けて真っ先に「瑞鳳」隊と「祥鳳」隊の合わせて二四機の零戦が小隊ごとに散開し、各々が目標に定めた巡洋艦や駆逐艦めがけて緩やかに降下を開始する。

 第三艦隊が放った攻撃隊は各空母から零戦一個中隊の合わせて六〇機、それに「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ二七機の九七艦攻の合わせて一一四機。

 そのうち、「瑞鳳」と「祥鳳」の零戦は二五番を装備しているが、これはマーシャル沖海戦での反省を受けてのものだ。

 マーシャル沖海戦において、九七艦攻は空母の周囲を守る巡洋艦や駆逐艦をそのままにして輪形陣の内側に飛び込んでいった。

 その結果、多くの九七艦攻がそれら護衛艦艇の十字砲火をまともに食らい、そして多くの機体が被弾した。

 その過ちを二度と繰り返さないようにするため、「瑞鳳」と「祥鳳」の爆装零戦によって護衛の巡洋艦や駆逐艦の対空能力を少しでも減殺しておくのだ。


 目標とした英艦隊の巡洋艦や駆逐艦から吐き出される火弾や火箭はマーシャル沖海戦で戦った米艦隊のそれと比べて明らかに見劣りした。

 そのことで、投弾前に撃墜された零戦は一機だけにとどまる。

 だが、一方で命中した爆弾もわずかに四発と命中率が二割を切るありさまだった。

 それでも一二隻の護衛艦艇のうちの三分の一にダメージを与えたのだから、それなりに効果はあがり、少なからず敵の陣形が乱れる。


 そこへ五個中隊四五機の九七艦攻が横腹を大きくさらすことになった英戦艦へと肉薄する。

 攻撃隊指揮官の嶋崎少佐は最初、攻撃目標が空母ではなく戦艦であることに違和感を覚えた。

 小沢長官をはじめとした上層部が何を考えているのかは分からないが、だがしかし命令は命令だ。

 それに目標が戦艦というのは嶋崎少佐としても願ったりかなったりだ。

 この機会に是非、航空機で戦艦が沈められることを証明したい。


 嶋崎少佐が見つめる中、九七艦攻が次々に英戦艦に向けて超低空から雷撃を仕掛ける。

 さすがに重量物の魚雷を抱え、そのうえ低速で接近する九七艦攻は敵艦上空を高速航過できる零戦のようにはいかない、

 被弾が相次ぎ、魚雷の投下にまで至った機体の数は四〇機を割り込んでいた。

 仲間の死を悼みつつ、その嶋崎少佐の目に英戦艦の舷側に次々に立ち上る水柱が映り込んでくる。

 一番艦のみ三本、二番艦以降はいずれも二本。

 三割に満たない命中率は訓練での成績のことを思えば甚だしく不満ではあるが、それでも英戦艦には甚大なダメージを与えたようだ。

 すべての戦艦が洋上停止するかあるいは這うように進むだけとなっている。


 「『蒼龍』第一中隊は巡洋艦を狙う。全機続け」


 いずれかの中隊が敵戦艦への雷撃を仕損じた場合に備え、敵対空砲火の射程圏外に控えていた嶋崎少佐直率の「蒼龍」第一中隊が降下に転じる。

 嶋崎少佐が目標としたのは四隻ある巡洋艦のうちで零戦からの攻撃を躱しきったD級あるいはE級と思われる旧式軽巡だった。

 本音を言えば、嶋崎少佐としては敵戦艦にとどめの一撃を加えたいところだった。

 しかし、相手を撃沈することよりも可能な限り多くの艦を撃破せよというのが命令だから、残念ではあるが仕方が無い。

 指揮官が率先して命令違反をするわけにもいかなかった。


 一方、魚雷を抱えた九七艦攻の意図を悟った軽巡は必死の回避運動で被雷から免れようとする。

 だが、嶋崎少佐をはじめとした手練れの「蒼龍」第一中隊には通用しない。

 米国の重巡やあるいは「ブルックリン」級軽巡とは比較にならない、哀れみすら覚える貧弱な対空砲火に墜とされる九七艦攻は無い。

 それゆえに、機体を理想的な射点に持っていくのは容易だった。


 「用意、テェーッ」


 三機ずつ、三波にわたる魚雷攻撃に対して軽巡は第一波の三本はギリギリで回避出来たものの、第二波で一本、さらに第三波では二本を食らう。

 艦型が小型で、しかも設計が古い旧式軽巡が三本もの魚雷を片舷に集中して被雷すれば、さすがに助からない。

 敵巡洋艦の撃沈に満足を覚えつつ、嶋崎少佐は一方で少しばかり未練のようなものを感じていた。

 仮に、片舷に魚雷を三本食らった英戦艦に自分たちが追撃を加えていたらおそらく撃沈出来たのではないか。

 その戦艦はすでに大きく傾斜していたし脚も衰えていた。

 熟練の「蒼龍」第一中隊であれば多数の魚雷を命中させることが可能だったはずだ。

 もし、そうなっていたら自分たちは世界で初めて洋上行動中の戦艦を撃沈した栄誉に浴することが出来たことは間違いない。


 航空機で戦艦が撃沈できることは英空母艦上機がタラント空襲ですでにそれを証明している。

 しかし、その時は動かない戦艦を単に据物斬りしただけだと鉄砲屋たちは主張した。

 だが、もし今回の戦いで洋上行動中の戦艦を航空機単独で撃沈していたらどうなっていたか。

 もし、そうなっていたら鉄砲屋たちも戦艦に対する航空機の優位を認めないわけにはいかないだろう。


 「だが、仮に英戦艦を沈めたとしても・・・・・・」


 嶋崎少佐は自身の想像に思わず吹き出しそうになる。


 「今回の戦果は旧式戦艦が相手だったからこそ成しえたものだ。もしこれが対空火器が充実し、そのうえ旧式戦艦とは比較にならない水中防御を持つ新型戦艦であれば撃沈には至らなかったはずだ」


 こういうことを言いそうな鉄砲屋の某氏の顔を思い浮かべてしまったのだ。

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