インド洋海戦

第28話 欧州の思惑

 南方作戦を終えた後、つまりは第二段作戦において米豪遮断を図るかあるいはインド洋に打って出るかの判断については軍令部や連合艦隊司令部でも人によって意見が分かれていた。

 帝国海軍内の意思決定だけであれば、あるいは豪州方面にその矛先を向けていたのかもしれない。

 軍令部は連合国空軍戦力による南からの突き上げを恐れていたし、連合艦隊司令部も太平洋艦隊が回復しきらないうちは作戦中に側背を突かれる心配が無いからやるなら早いうちがいいと考えている。

 しかし、同盟国のドイツや帝国陸軍からの要請を受ける形で帝国海軍は次期作戦の主軸をインド洋にすえることを決定する。

 インド洋に展開する英軍を叩き同海域を封鎖すれば英国経済は干上がらないにしても大打撃を受けることは間違いない。

 帝国陸軍も援蒋ルートを遮断することが出来れば大陸での戦いもずいぶんと楽になるだろう。


 だがしかし、帝国海軍が次期作戦をインド洋方面にしたのはそれだけが理由ではない。

 ドイツから思いもかけずもちかけられた話、それが決定打となった。

 それは、帝国海軍がインド洋の制海権を握ればドイツはそれに連動してスエズ打通を図る用意があるということだった。

 もし仮に日欧連絡線が開通すればドイツは技術援助はもちろん、工作機械や電装系部品、それに潤滑油といったものを融通してくれるという。

 帝国陸軍のほうもまた帝国海軍が追加を欲してやまない一〇〇式司偵やあるいは艦上戦闘機にリソースを割くために開発を断念した局地戦闘機、つまり陸軍で言えば鍾馗を供与する用意があるというのだ。


 予算獲得のライバルやあるいは外国勢力にいいように使われるのは業腹だが、一方で欲しかったものが手に入るチャンスでもあるのだから帝国海軍としても検討くらいはするし条件次第では乗り気にもなる。

 だが、何にも増して決定的だったのはヒトラー総統がマーシャル沖海戦後に持ちかけてきた密約だった。

 大型水上打撃艦艇による通商破壊戦に否定的、もっと言えば大型艦が嫌いなヒトラー総統は目障りな戦艦や巡洋戦艦、それに装甲艦や重巡洋艦といった働きがいまいちの割に予算と油、それに人材をがぶ飲みするこれら艦艇をことのほか毛嫌いしていた。

 彼としては、本音を言えば大型艦の廃艦命令を出したいくらいだった。

 しかし、その大型艦についてヒトラー総統は使い道を見出す。

 日本海軍の目をインド洋に向けさせるための餌になるのではないか、と。

 日本海軍は大艦巨砲主義の権化のような集団であり、大型水上艦艇をことのほか愛しているとの報告も受けている。

 ならば、ブレストにある「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」の二隻の戦艦を献上すると言えば、インド洋で英国の尻を叩いてくれるのではないか。

 そうすれば、こちらも厄介払いが出来て一石二鳥だ。


 対日情報担当者によれば、日本海軍ならかなりの確率でこちらの申し入れを受諾するはずだという。

 インド洋ならびに地中海の制海権を握れば、「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」の二隻であればアフリカ大陸西岸を南下して東進、日本海軍との邂逅も可能だろう。

 インド洋と地中海の制海権を失った頃には英海軍の戦力も危険なまでに払底しているはずだから、「グナイゼナウ」と「シャルンホルスト」に対抗できる脚と攻撃力を兼ね備えた追手を差し向けることは困難なはずだ。

 米国もまた太平洋艦隊の壊滅を受けて大西洋艦隊から戦力を大量に引き抜いている最中だからドイツの巡洋戦艦に目を向ける余裕などあろうはずもない。


 それでも過大な期待をかけず、ヒトラー総統は外交筋あるいは帝国陸軍を通して帝国海軍に話をもちかける。

 そうしたところ、あっけないほどにあっさりとOKが出た。

 そうなってくるとあとはドイツ海軍とイタリアの説得だけだったが、こちらは問題無かった。

 弱小ドイツ海軍にヒトラー総統に対抗出来る、あるいはNOと言える人材はいない。

 イタリアも地中海を取り戻すためにドイツが協力すると言えば首を横には振らないだろう。

 後はただ、日本海軍が東洋艦隊を撃滅するのを待てばいいだけだ。


 そんなヒトラー総統の思惑を知ってか知らずか、帝国海軍はインド洋作戦の準備に邁進する。

 同地を守る東洋艦隊との激突は必至だった。

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