第27話 修理と改善

 マーシャル沖海戦での大勝利が報じられたその日以降、日本は国中をあげてのお祭り騒ぎとなっていた。

 連合艦隊がマーシャルに来寇した太平洋艦隊を迎撃、八隻の戦艦や三隻の空母をはじめそのほとんどを撃沈しながら、逆にこちらはただの一隻も失わずに済んだのだ。

 日本海海戦を遥かに上回る大戦果に国民は沸き立ち、新聞は勝利の余韻を楽しみにする読者のために連日にわたってマーシャル沖の戦いを報じた。

 もちろん、その話題の中心は「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「紀伊」の四隻の新型戦艦だ。

 米国にその存在が知られてしまった以上、国民に隠しておく必要は無い。

 むしろ、これを戦意高揚の好機ととらえ、差しさわりの無い範囲で情報公開したのだった。


 だが、一方で報道されなかった話も少なくない。

 マーシャル沖海戦はなるほど勝つには勝ったが、一方で損害もまた大きかった。

 四隻の「大和」型戦艦はそのいずれもが四〇センチ砲弾あるいは三六センチ砲弾を複数食らっており、いずれの艦も長期にわたる修理が必要だった。

 また、敵の急降下爆撃によって損傷した空母「加賀」と「赤城」についても修理には三カ月程度かかると見積もられている。

 さらに第七戦隊の「最上」型重巡も至る所に一五・二センチ砲弾を浴びせられており、かつてのように魚雷発射管を装備していれば「最上」と「三隈」、それに「鈴谷」に誘爆の危険があったことが指摘されている。

 もし、そうなっていればこれら三隻は沈没の憂き目にあっていたかもしれない。

 他にも「青葉」と「衣笠」、それに複数の駆逐艦が一二・七センチ砲弾を被弾していたが、こちらのほうはいずれも損害が軽微であり修理にはさほど時間はかからないはずだった。


 幸いだったのは四隻の「大和」型戦艦のうちで水線下の船体に被害を受けた艦が一隻も無かったことだ。

 現在、「大和」型戦艦の修理が可能な施設は横須賀と呉、それに佐世保と大分の四カ所しかない。

 このうち横須賀と大分では長崎の民間造船所とともに「大和」型六番艦と七番艦をそれぞれ建造しているからそれらが進水するまでは同施設を使うことが出来ない。

 そもそもとして、鉄砲屋たちはマル四計画で四隻の「大和」型戦艦の建造を希望していたし、その予算も通っていた。

 だが、そうすると何かあったときに「大和」型戦艦を修理できる施設が一つになってしまう。

 平時であれば問題は無いが、しかしすでに米国との戦争が始まってしまった以上、このような状況を放置しておくことは明らかにまずい。

 開戦からさほど間が経っていないのにもかかわらず、修理や改装で日本の造修施設はすでにパンク寸前の状態なのだ。

 このことで、最も着工が遅れていた八番艦は深刻な工員不足や資材不足もあって建造中止のやむなきにいたる。

 しかし、一方で八番艦に充てられるはずだった人材や資材の少なくない部分を他の三隻の建造に振り向けることが可能となった。

 これら艦はその分だけ工事の進捗を加速することが出来る。

 一連の結果、当初昭和二〇年に完成するはずだった「大和」型戦艦の五番艦と六番艦、それに七番艦については、そのいずれもが昭和一九年中に完成させることが出来る見通しとなった。


 空母のほうは「赤城」と「加賀」が被弾したことによって一時的とはいえその戦力が半減してしまった。

 このことに危機感を覚えた海軍上層部は、空母への改造を進めている潜水母艦「大鯨」の工事を促進させるよう督促。

 さらに「千歳」と「千代田」、それに「日進」と「瑞穂」の四隻の水上機母艦を空母へと改造することを決め、これら四隻は本土に戻ると同時に工事に着手することとしている。

 それと、駆逐艦や潜水艦の需要が戦前に想定していた以上に大きいことからこちらは大量生産が容易なものに建造計画を変更する。


 一方で空母や巡洋艦の新規建造は今後もこれを一切行わない。

 鉄砲屋としては戦艦以外に資材や予算を食うものに関しては可能な限り安く小さく、もっと言えば排除したかったのだ。

 だが、一方で有用性や重要性が理解された電探や戦闘機に関しては予算の増額とともに人材の増強もまた図られることになった。


 武装の貧弱さが指摘された零戦は、次の型からは一三ミリクラスかあるいはそれ以上の大口径機銃を採用することがすでに決定している。

 マーシャル沖海戦では零戦がF4Fワイルドキャット戦闘機やSBDドーントレス急降下爆撃機、それにTBDデバステーター雷撃機を撃墜するのに相当に難渋していた。

 それが、明らかに零戦の火力不足によるものだというのは、艦上から空の戦いを見ていた鉄砲屋たちにも一目瞭然だったので、同機体の武装強化のための予算措置は航空関連のそれとしては異例ともいえる早さで講じられた。

 それは、戦闘機乗りのためだけではなく、なによりも自分たちの頭上を強力な戦闘機で守ってもらいたいという鉄砲屋のエゴからくるものだった。


 それと、マーシャル沖海戦では複数の艦で塗料や電路を伝った延焼が報告され、この戦いで被害応急の重要性が再認識されたことから、こちらもまた研究ならびにその対策が実施されることになった。

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