第26話 善後策

 マーシャル沖海戦敗北の責任を問われ、そのことで罷免されたキンメル大将に代わって新しく太平洋艦隊司令長官に就任したニミッツ大将は被害報告を読んで気が滅入ってしまった。


 同海戦で失われた主力艦は戦艦が八隻に空母が三隻。

 撃沈された戦艦はその半数がビッグファイブと呼ばれた旧式戦艦最強の「コロラド」級や「テネシー」級であり、空母は「レキシントン」級ならびに「ヨークタウン」級という合衆国海軍の中でも最有力のそれだ。

 補助艦艇については重巡が九隻に軽巡が四隻、それに駆逐艦が一六隻。

 重巡はそのすべてが俗に一万トン級と呼ばれる大型の砲戦巡洋艦であり、四隻の軽巡も「ブルックリン」級軽巡という他の海軍列強の重巡とも撃ち合える高性能艦だった。

 一六隻の駆逐艦もまた粒ぞろいの精鋭艦ばかりだ。


 艦艇だけでなく人的被害も甚大だ。

 第一任務部隊を率いたパイ提督は旗艦「ウエストバージニア」と運命を共にした。

 第一六任務部隊のハルゼー提督は空母「エンタープライズ」が被雷した際に負傷、駆逐艦に救助されたものの当面は絶対安静が必要とのことだ。

 さらに巡洋艦戦隊を率いたスプルーアンス提督など、将来を嘱望された有為の人材を数多く失ってしまった。

 戦死したあるいは行方不明となった将兵の数は万単位に及び、貴重な母艦搭乗員もそのほとんどを失った。

 短期間のうちに彼らが抜けた穴を埋めるのは人材豊富な合衆国海軍の組織力をもってしても不可能だ。


 マーシャル沖海戦の大敗によってフィリピンの友軍救出は完全に不可能となった。

 そのことで、太平洋艦隊の当面の目標はハワイと西海岸、それに同盟国である豪州の防衛となり、逆に進攻作戦はそのすべてが白紙となっている。

 だが、現状の戦力では防衛戦すらも困難だろう。

 太平洋艦隊の壊滅に伴って合衆国海軍上層部は同艦隊の増強をすでに決定している。

 空母「ヨークタウン」と「ホーネット」を大西洋艦隊から太平洋艦隊へと配置換えし、さらに三隻の「ニューメキシコ」級戦艦も近日中にハワイへ回航するという。

 併せて失われた巡洋艦や駆逐艦の穴を埋めるべく、こちらも大量の艦艇を大西洋艦隊から引き抜いて太平洋艦隊に回すらしい。

 また、ハワイに大量の航空機を配備し、豪州にも同様の援助を行うという。

 だが、この程度では焼け石に水、無いよりはマシといった程度にしか過ぎない。


 マーシャル沖海戦敗北の分析についてはすでに各所からレポートが上がってきている。

 洋上航空戦力、つまりは空母の数がまったく足りていなかったことなどによる単純な戦力の不足。

 あるいは、四隻もの新型戦艦の出撃を事前につかむことが出来なかったことによる情報戦の敗北。

 さらに、日本海軍あるいは日本人の戦闘能力を低く見積もり過ぎていた油断あるいは慢心。


 日本の戦闘機が米軍のそれに勝ることはフィリピンからのレポートにも記されており、それは陸軍から海軍にも提供されていた。

 だが、当時の太平洋艦隊司令部はそのことをまともに取り合わなかった。

 植民地警備軍の戦闘機隊と、一方で狭い空母の飛行甲板に離着艦が出来る海軍のエース部隊とではその技量が大きく違うと考えてしまったのだ。

 日本のゼロファイターと呼ばれる戦闘機は旋回性能に優れ、速力もF4Fのそれを確実にしのぐという。

 そのうえ、爆撃能力も付与されているらしく、少なくない友軍艦艇が五〇〇ポンドクラスと思われる爆弾によって撃破されてしまったとのことだ。

 そして、何より「ヤマト」と呼ばれる日本の新型戦艦。

 マーシャル沖海戦を生き延びた将兵らによれば、その巨体は「金剛」型戦艦を巡洋艦と錯覚させ、そのことが第一任務部隊敗北の大きな一因になったという。

 その主砲は最低でも四三センチ、下手をすれば四六センチではないかと言われている。


 手強いのは艦艇や航空機だけではない。

 日本の将兵もまた恐るべき相手だ。

 中でもカクタは要注意だ。

 戦争が始まるまではさほど注目を浴びていなかったこの提督は、だがしかし装甲の薄い「金剛」型戦艦で防御力に優れた米戦艦に対して肉薄砲撃戦を仕掛けるという狂気じみた戦術を駆使して勝利をゲットした。

 さらに、その後も貪欲に戦場を駆けずり回り、友軍艦隊に大打撃を与えた。

 彼が率いる高速戦艦部隊によって沈められた巡洋艦は一〇隻を超えるという。

 その豪胆さと貪欲さは、勇猛で名をはせるハルゼー提督をあるいは上回るかもしれない。

 太平洋艦隊はそんな強大な敵を相手に戦わなければならない。


 「ずいぶんと貧乏くじを引いてしまったものだ」


 ニミッツ長官は愚痴とも自嘲ともつかないつぶやきを漏らす。

 太平洋艦隊の回復はどう考えたって半年や一年では無理だ。

 相手を圧倒できる戦力を準備するなら二年は欲しい。

 その頃には大車輪で建造を進める新造戦艦もそれなりの数を揃えているはずだ。

 だが、それまでの間は潜水艦を使った通商破壊戦でお茶をにごすか、あるいは日本軍が手薄な拠点に対して空母艦載機によるヒット・アンド・アウェイを仕掛ける程度しか手段が無い。

 ニミッツ長官の明晰な頭脳をもってしても起死回生のアイデアを思い浮かべることは不可能だった。

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