第24話 四六センチ砲
距離二八〇〇〇メートルはもちろんのこと、二五〇〇〇メートルでさえ至近弾すらおぼつかなかった拙い砲撃も、さすがに二〇〇〇〇メートル近くにまで迫ると精度は間違いなく向上する。
これまで見当違いの海面に立ち上っていた三本の水柱が、ようやくのことで敵一番艦を包み込む。
何度も空振りを繰り返していた「大和」が待望の夾叉を得たのだ。
だが、それと同時に目標とされた敵一番艦は艦首を東へと向け、避退する動きを見せる。
第三戦隊の四隻の「金剛」型戦艦の異様とも言える肉薄攻撃、それによって五番艦から八番艦までが猛煙を噴き上げて気息奄々の状態に陥っていたから、戦況が決定的に不利になったとみて戦場からの離脱を図ろうというのだろう。
だが、その判断は遅きに失したようだった。
四隻の「大和」型戦艦はそのいずれもが二七ノット以上の速力を持ち、それは二〇ノットから二一ノット程度しか出すことの出来ない米戦艦よりも六ノットから七ノット近く速い。
その速度性能の優越を生かし、「大和」以下の第一戦隊が米戦艦に肉薄する。
「大和」も「武蔵」も、そして「信濃」や「紀伊」もすでに複数の四〇センチ砲弾や三六センチ砲弾を浴びてはいたものの、しかし一方で重厚な防御力のおかげで航行に支障をきたしている艦は一隻もない。
さほど時間をかけることもなく米戦艦に追いついた「大和」はさらに距離を詰め、やり逃げは許さないとばかりに四六センチ砲弾を放つ。
空振りを繰り返した砲撃も、距離を詰めるごとに精度が上がり、やがてこの日二度目となる夾叉を得るに至る。
ただちに斉射に移行。
九発の四六センチ砲弾が敵一番艦を包み込むようにして着弾、八本の巨大な水柱が立ち上るとともに敵一番艦の中央部に爆煙が湧き立つ。
「大和」が放った四六センチ砲弾のうちの一発は敵一番艦の装甲を紙のようにぶち破って機関室で炸裂、ボイラーの過半を使用不能に陥れた。
艦の心臓部を大きく傷つけられた敵一番艦が大きく速力を落としたことで次の斉射は空振りに終わる。
しかし、すぐに修正をかけ、そのことで四六センチ砲弾が再び敵一番艦を捉える。
艦首と艦尾に命中した二発はさらに火勢を大きくし、敵一番艦を猛煙の中に包み込んだ。
敵一番艦も必死で反撃の砲火を放つが、自艦が吐き出す煙に妨げられているせいか、その精度は同情を覚えるほどに低く、脅威だと感じる位置に水柱が立ち上ることはない。
「大和」が本格的に敵一番艦に痛打を浴びせはじめた頃には「武蔵」や「信濃」、それに「紀伊」もまた命中弾を得、これまで散々好き勝手に自分たちを痛めつけてくれた敵の二番艦と三番艦、それに四番艦に対して巨弾を叩き込んでいく。
四隻の「大和」型戦艦を相手どった「コロラド」級の「ウエストバージニア」と「メリーランド」、それに「テネシー」級の「テネシー」と「カリフォルニア」は旧式戦艦の中でも最良の防御力を誇るが、それでも一トン半に迫る四六センチ砲弾に抗し切ることは出来なかった。
「ずいぶんとてこずったな」
最後まで反撃していた米戦艦が沈黙したとの報を受けた時、高須長官は不満と安堵が入り混じった声で率直な感想を漏らす。
山口参謀長もまた苦い表情で口を開く。
「我々は『大和』型戦艦の力を過信していたのかもしれません。乗組員が少しばかり艦の取り扱いに不慣れであっても、そこは四六センチ砲と分厚い装甲があればなんとかなると安易に考えていた。
だが、現実は冷酷だった。観測機を使えるという圧倒的に有利な状況だったのにもかかわらず、米戦艦に先手を取られ少なからず艦を傷つけられてしまった」
山口参謀長の反省の弁は、高須長官も意を同じくするところだ。
高須長官は戦前、「大和」型戦艦乗組員の訓練不足に対して懸念を抱いていたが、はからずもその予想が的中してしまった。
「今回は相手が旧式戦艦だったから勝てたようなものなのかもしれんな。もし、相手が新型戦艦だったら、あるいはもう少し敵の数が多ければ結果は真逆になっていたかもしれん」
自戒を込めた高須長官の言葉に山口参謀長や他の参謀らも首肯する。
勝つには勝ったが、同時にそれは薄氷の勝利であったことを誰もが自覚していた。
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