第23話 金剛型戦艦

 「一戦隊のピチピチもいいが、三戦隊の年増も捨てたもんじゃないぞ。しかもブロンド黒髪よりどりみどりだ」


 第三戦隊司令官の角田少将が誰にも聞こえないような小声でつぶやく。


 第一戦隊の「大和」や「武蔵」、それに「信濃」や「紀伊」に砲撃を繰り返している米戦艦は、逆に第三戦隊の「比叡」や「霧島」、それに「金剛」や「榛名」を完全に無視している。

 古くて弱い戦艦よりも新しくて強そうな戦艦を先に潰しておきたいのだろう。


 角田司令官が指揮する第三戦隊の各艦は現在「金剛」型戦艦の最大の持ち味である脚を生かして米戦艦群に肉薄していた。

 その間、砲撃は中断している。

 最大速度で駆け抜けている間に砲撃してもまず命中は望めないし、十分な間合いに入るまでは米戦艦を刺激したくない。

 それに、砲身をはじめとした発射機構を冷ましておきたかったし、なにより主砲発射は砲術科の人間にとっては重労働ならぬ過酷労働だったからこちらもまた少しでも休ませておきたかった。

 実際、砲塔内や弾薬庫で過労あるいは熱射病で倒れ、そのまま死亡した例も過去にはあるのだ。


 「距離二〇〇〇〇を切りました」


 早く砲撃命令を出してくれという催促成分を多量に含んだ報告に、だがしかし周囲の空気を忖度することもなく角田司令官はその報告を聞き流す。

 角田司令官からすれば、必中距離にはまだ遠い。


 「敵戦艦の動きはどうか」


 「敵戦艦はすべて第一戦隊への砲撃を続行しています」


 角田司令官の問いかけに、見張りが即座に現在の状況を伝える。

 ここにきてなお、米戦艦は第一戦隊への砲撃を続けている。

 もし、彼らがその目標を第三戦隊に切り替え、新たに照準し直すとしても相応の時間がかかるだろう。


 「距離一五〇〇〇で砲撃を開始せよ。目標は今まで通り『比叡』は五番艦、『霧島』六番艦、『金剛』七番艦、そして『榛名』は八番艦だ」


 夜間ならともかく、昼戦での一五〇〇〇メートルは戦艦同士の戦いにおいてはかなりの近距離戦闘といえる。

 そして、装甲の薄い「金剛」型戦艦はその近距離戦闘をなによりも苦手としている。

 まあ、防御面において難だらけの「金剛」型戦艦に得意な戦闘距離などありはしないのだが。

 いずれにせよ、ここまで近づけば戦艦としては非力な三六センチ砲であってもぶ厚い米戦艦の装甲を貫通できるはずだ。


 「あとは、米戦艦がいつまでこちらを無視してくれるかだが・・・・・・」


 敵が遠くにある「大和」型戦艦と近くの「金剛」型戦艦のどちらをより脅威と捉えるか、その判断と決定権は米指揮官だけが持っている。

 つまり、角田司令官がやっているのはある意味であなた任せの賭けであり、砲撃を控えているのもその成功確率を少しでも上げるためである。


 「距離一五〇〇〇」

 「米戦艦五番艦から八番艦まで、第一戦隊に対する砲撃を中止しました」


 待望の吉報と、恐れていた凶報が同時に飛び込んでくるなか、角田司令官は吠えるように命令を下す。


 「全艦撃ち方始め! 年増を無視したらどうなるか、若い娘好きの米軍に思い知らせてやれ!」


 第三戦隊の旗艦「比叡」が砲撃を開始するのとほぼ同時に「霧島」も「金剛」も、そして「榛名」もまたこらえていたものを吐き出すかのようにして主砲を発射する。

 敵戦艦の投影面積が大きいうえに観測機も使えるから着弾を寄せていくのは容易だ。

 「比叡」と「金剛」が四射目で、「霧島」と「榛名」が五射目でそれぞれ夾叉を得る。

 その頃には五番から八番艦までの米戦艦もまた測的を終えて砲撃を開始しているが、出遅れたのは否めない。

 一方、四隻の「金剛」型戦艦は斉射に移行、各艦ともに八発の三六センチ砲弾を米戦艦に向けて放つ。

 近距離から放たれる三六センチ砲弾が持つ貫徹力は中距離で戦う四〇センチ砲弾に匹敵するかあるいはそれを上回る。

 米戦艦に命中した三六センチ砲弾はそのいずれもが分厚い装甲をぶち抜き炸裂、艦のいたるところで炎と煙を生じさせた。


 「金剛」型戦艦を侮り、機先を制された四隻の米戦艦は命中弾を得る前に自身が吐き出す煙によって射撃が困難になる。

 あとは一方的ななぶり殺しだった。

 米側にとって誤算だったのは、帝国海軍に「金剛」型戦艦のような最も殴り合いを苦手とする戦艦をもって肉薄突撃してくるような頭のおかしな提督が存在したことだった。

 もちろん、そのような提督は帝国海軍には二人としていないのだが、よりによってこの場にそのたった一人が存在したのだ。

 それこそが米戦艦にとっての最大の敗因であり最悪の不幸だった。

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