第20話 錯誤
こちらに向かってきた日本の水上打撃部隊が変針、自分たちに対して同航戦を挑むそぶりを見せたことにパイ提督は驚愕しつつも、ありがたいと思った。
太平洋艦隊にとって現状は負け戦だ。
機動部隊同士による洋上航空戦に敗北したことでマーシャル攻略はその失敗が決定的となり、そのうえ太平洋艦隊が保有する三隻の空母はすべて沈められてしまった。
このままでは敗軍の将として自身はもとよりキンメル太平洋艦隊司令長官にまで類が及ぶことは確実だった。
だが、ここで敵戦艦部隊を屠れば帳消しとまではいかなくとも海軍上層部の心証は相当に良くなるはずだ。
遠くにあった日本艦隊の艦影が次第に大きくなる。
敵の指揮官は高須中将だということが分かっている。
日本海軍の高級軍人にしては珍しく日独伊三国軍事同盟や日米開戦に反対していたことから国際情勢やあるいは日米の国力差を読み解くことが出来る、極めて理性的な人間なのだろう。
だが、そんな彼が白昼堂々というか、日没までまだ二時間はあろうかという時間になぜわざわざ殴り込みをかけてきたのかがパイ提督には理解できなかった。
確かに、制空権は日本側が握っているから観測機が使える分だけ有利だといえる。
だが、それは同等かあるいは大きな戦力差が無い相手だった場合の話だ。
戦力差があまりにも大きければ、その程度のアドバンテージはさほど意味を持たない。
戦いの肝となる戦艦の主砲は米側が四〇センチ砲一六門に三六センチ砲が六八門。
一方の日本側は三六センチ砲が三二門にしか過ぎない。
圧倒的な差だ。
いくら観測機が使えるとしてもその差を覆すことは不可能だろう。
そのようなことを考えつつ、パイ提督は艦種識別を急がせる。
パイ提督としては前方の大きな四隻は「金剛」型戦艦、後方の四隻は「最上」型軽巡で決まりなのだが、想像だけで砲撃目標の割り振りをするわけにもいかない。
命令を出すには、部下を納得させるだけのエビデンスが必要だ。
そのパイ提督の耳に、艦種識別に長けた見張り員の慌てたような声が飛び込んでくる。
「前方の四隻の大型艦は識別表にはありません!
異様に巨大な砲塔が前に二基、後ろに一基。完全な新型です!
後方の四隻は砲塔が前部に二基、中央に一基、さらに後方にも同じく一基。さらに煙突が二本あることからこちらはおそらく『金剛』級だと思われます!」
見張りの報告に、その誰もが双眼鏡を日本の艦隊に向ける。
パイ提督も例外ではない。
そのパイ提督は距離があり過ぎて敵艦の細かい形状は分からなかったものの、それでも前の四隻と後ろの四隻では明らかにその大きさが違うことだけは分かる。
英国から入手した情報では「金剛」級は全長が二〇〇メートルを超えているから、未知の敵艦は最低でも二五〇メートルから二六〇メートル、下手をすれば三〇〇メートル近くあるようにパイ提督には思えた。
同時にパイ提督は悟る。
自分たちは日本の艦隊相手に決定的な情報の錯誤、やってはいけないミスをやらかしてしまったのだと。
日本の艦隊は戦艦四隻に巡洋艦が一〇隻ではなく、戦艦が八隻に巡洋艦が六隻だったのだ。
しかも八隻あるうちの半分は未知の新型戦艦で、「金剛」型戦艦を巡洋艦と錯覚させるような巨大な艦容を持つ。
主砲は最低でも四〇センチ、下手をすれば四三センチかあるいは四六センチかもしれない。
その脅威は「金剛」型戦艦の比ではない。
「目標変更! 『ウエストバージニア』『メリーランド』敵一番艦、『テネシー』『カルフォルニア』敵二番艦、『オクラホマ』『ペンシルバニア』敵三番艦、『アリゾナ』『ネバダ』敵四番艦。
巡洋艦戦隊は敵の巡洋艦、駆逐戦隊は敵駆逐艦を牽制し、味方の戦艦には近づけさせるな。それと、第一六任務部隊から重巡を呼び寄せろ!
八〇門の二〇センチ砲をもって四隻の『金剛』型を叩かせるのだ。急げ!」
いち早く立ち直ったパイ提督の命令に司令部スタッフが慌ただしく動き始める。
だが、そこへレーダーオペレーターの絶叫するような声が飛び込んでくる。
「日本の艦上機と思しき編隊を探知、こちらに向かってきます!」
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