第19話 第一任務部隊
「『エンタープライズ』と『サラトガ』、それに『レキシントン』のすべての空母がやられたというのか」
航空参謀から報告を受けると同時に第一任務部隊のパイ提督はマーシャル攻略作戦が頓挫したことを悟る。
戦闘機の傘が無ければ戦艦はともかく上陸部隊は無事では済まない。
報告を信じるのであれば、日本艦隊はいまだ二隻の無傷の空母を擁しているのだ。
太平洋艦隊の創設以来、初の大作戦となったマーシャル攻略作戦は最初のうちは順調だった。
第一六任務部隊は艦上機による攻撃でマーシャル基地航空隊に大打撃を与え、護衛の重巡洋艦は夜間艦砲射撃でそれらにとどめを刺した。
さらに日本の機動部隊に対して航空攻撃を敢行、「赤城」ならびに「加賀」と思われる大型空母二隻を撃沈破したという報告もよこしている。
だが、一方で第一六任務部隊もまた日本の空母が放った艦上機隊の攻撃を受け、「エンタープライズ」と「サラトガ」が多数の魚雷を一時に浴びて短時間のうちに沈没、「レキシントン」は被雷後しばらくしてから起こった突然の大爆発によってこちらは文字通り轟沈したという。
「やはり、空母三隻では無理があったか」
鎮痛な表情のパイ提督のつぶやき、それを自身への問いかけと思ったのか航空参謀が重い口を開く。
「残念ながら提督のおっしゃる通りかと思います。『エンタープライズ』と『サラトガ』、それに『レキシントン』はマーシャル基地航空隊との戦闘で少なくない艦上機を失っていました。そのうえ、日本の機動部隊に対して三対四の劣勢を強いられたのです。搭乗員の疲労も考慮すればさらにその差は広がります。
今回の戦いは第一六任務部隊にとって極めて過酷なものとなりましたが、その要因は明らかに空母戦力の不足です。日本海軍は『赤城』と『加賀』、それに『蒼龍』に『飛龍』という四隻の有力空母を用意していました。そのことを我々はとっくの昔に承知していたのですから、最低でも同数は用意すべきだったのです」
パイ提督は航空参謀の言いたいことは理解出来た。
空母の数こそ三対四だが、第一六任務部隊は昨日のマーシャル攻撃で少なくない艦上機を損耗している。
そのことを考えれば、使える艦上機の差は三対四よりも大きかったはずだ。
それが今回の結果にモロに出たのだろう。
そもそもとして、太平洋艦隊に所属する航空隊の幹部の多くは同艦隊にもっと多くの空母を配備するようずっと以前から要望していた。
理由は簡単で、日本は少なくない空母を保有しているが、ドイツとイタリアは建造中のものはあっても実戦投入出来るものは一隻も無かったからだ。
それなのにもかかわらず、太平洋艦隊が三隻なのに対して大西洋艦隊は四隻であり、あまりにも戦力配分が実情を踏まえていないというのが航空隊幹部の言い分だった。
一方でキンメル太平洋艦隊司令長官のように空母よりも戦艦を重視するような人間は太平洋艦隊にビッグファイブのすべてが配備されていることで満足していた。
太平洋艦隊全体で見れば、おそらくそちらのほうが多数派だろう。
だが、今はそんなことを考えている場合でもない。
日本の艦隊がこちらに向けて進撃の途にあるのだ。
「日本艦隊の動きをどうみる」
パイ提督は今度は作戦参謀に向き直る。
「偵察機からの報告では日本の水上打撃部隊の構成は戦艦が四隻に巡洋艦が一〇隻、それに駆逐艦が十数隻とのことです。この編成を見る限り、日本の水上打撃部隊は昼戦よりも夜戦を指向していると言えます。戦艦がわずかに四隻、しかもそれが攻防に難のある『金剛』型であればなおのことです。
我々にとって懸念材料があるとすれば、巡洋艦戦力の彼我の格差です。第一任務部隊に配備されているのはいずれも『ブルックリン』級軽巡ですが、いくら同級が優秀とはいってもわずか四隻で一〇隻の敵巡洋艦をさばくのはいささか無理があります。ここは第一六任務部隊から重巡を呼び寄せ、敵巡洋艦にあてるべきです。九隻の重巡が持つ八〇門以上にものぼる二〇センチ砲があれば日本の巡洋艦など恐れるに足りません」
あらかじめ腹案を用意していたのだろう、意気込んで自説を開陳する作戦参謀に、だがしかしパイ提督はダメ出しをする。
「八〇門の二〇センチ砲の加勢は魅力的だが却下だ。命令系統の違う部隊、それも夜戦ともなれば味方撃ちの恐れが出てくる。それに、第一六任務部隊の将兵のこともある。撃沈された三隻の空母には合わせて数千人の乗組員がいたはずだが、それらの多くが海に投げ出された。
空母はいずれも短時間のうちに沈んだというから救命ボートを出す余裕も無かっただろう。波高くうねりが大きい外洋での救助作業は想像を絶するほどの困難を伴うはずだ。とても一時間や二時間で済むはずもなく、さらに速い潮流に流された将兵を救うために捜索エリアを広げればよけいに時間がかかる。
そのうえ、空母が沈められた以上、まともな医療設備を持つ艦は重巡だけだ。
将兵の中には一刻を争う重篤な者も少なからずいるだろう。今、第一六任務部隊から重巡を取り上げれば助かる命を見捨てることにもなりかねない」
パイ提督の将兵を思う気持ちを好ましく思いつつも、作戦参謀は逆にパイ提督に真意を問う。
将兵を思う気持ちはそれとして、敵に対する備えがノープランであっていいはずがない。
「敵の巡洋艦には『オクラホマ』と『ペンシルバニア』、それに『アリゾナ』と『ネバダ』をあてる。戦力的にはそれで問題ないと考えるが」
パイ提督の即答に、作戦参謀はその言葉が意味するところを即座に理解する。
敵の戦艦は「金剛」型だということが分かっている。
「長門」型や「伊勢」型、それに「扶桑」型は全艦が南方戦域にその存在が確認されているから、あとは簡単な消去法だ。
そして、パイ提督は「ウエストバージニア」と「メリーランド」、それに「テネシー」と「カリフォルニア」の四隻でもって同じく四隻の「金剛」型とタイマン勝負するつもりなのだ。
「ウエストバージニア」と「メリーランド」は四〇センチ砲を八門持つ、かつては世界のビッグセブンと呼ばれた存在だ。
「金剛」型もまた八門の主砲を搭載しているが、それらはいずれも三六センチ砲。
その砲弾の重量差は五割にも及ぶから、破壊力や貫徹力の差もまた大きい。
一方、「テネシー」と「カリフォルニア」は三六センチ砲を一二門装備しており、その門数は「金剛」型の五割増しなうえに長砲身から吐き出される砲弾は同型のそれよりも一枚上手を行く貫徹力を持つ。
しかも、これら四隻は合衆国の旧式戦艦では最良の防御力を持ち合わせているから、それらを合わせれば実質的な戦闘力は「金剛」型の二倍近くに迫るだろう。
つまりパイ提督は最強の四戦艦で「金剛」型戦艦と対峙し、それ以外の戦艦をもって日本の巡洋艦を叩こうというのだ。
「金剛」型であればどうやったところで「コロラド」級や「テネシー」級には勝てない。
そして、日本の巡洋艦は「ペンシルバニア」級や「オクラホマ」級には逆立ちしても勝利の目は無い。
夜戦ではなく、昼戦であればなおのことだ。
「それでいきましょう、長官!」
作戦参謀の尊敬のこもった、いささか勢い込んだ賛意にパイ提督も相好を崩す。
上司として、年長者として部下や年下から認められるというのは実に気持ちがいい。
そのパイ提督が命令を下す。
「制空権は敵の手にあるが、それでも可能な限り敵艦隊の情報を収集せよ。
各艦は夜戦をにらみつつ昼戦にも対応出来るよう準備を怠るな」
パイ提督の命を受け第一任務部隊の各艦が動き出す。
救助作業を進める第一六任務部隊の、戦友たちの盾になりつつ日本の水上打撃部隊を迎撃、これを殲滅するのだ。
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