第18話 九七艦攻

 前衛に八隻の戦艦を基幹とする水上打撃部隊。

 さらに二〇隻ほどの巡洋艦や駆逐艦がその両脇を固めている。

 その後方にはそれぞれ一〇隻近い巡洋艦や駆逐艦が形成する輪形陣が三つ。

 そして、その中心には長方形の形をした典型的な空母のシルエット。


 敵艦隊の構成を見てとった攻撃隊総指揮官の淵田中佐は即座に攻撃隊の配分をその脳裏に描く。

 当然のことながら、九七艦攻が狙うのは水上打撃部隊ではなく空母部隊だ。


 「『赤城』隊は左翼、『加賀』隊は右翼、二航戦は中央の空母群を攻撃せよ」


 淵田中佐の命令一下、それぞれ一八機の九七艦攻が左右に分かれ、同じく二四機の九七艦攻が高度を下げつつ直進、攻撃態勢に移行する。

 淵田中佐が直率する一八機の「赤城」艦攻隊は第一中隊が左舷から、第二中隊が右舷から攻撃を仕掛ける。

 第二中隊の指揮を村田少佐に委ねつつ、淵田中佐は第一中隊を率い巡洋艦と駆逐艦で形成された輪形陣の突破を図る。


 敵弾から身を守るために海面ぎりぎりの低空を飛行する九七艦攻の頭上を高角砲弾が炸裂、黒い死の花を咲かせる。

 米艦から吐き出される対空砲弾の洗礼は想像していた以上に激しい。

 日本の駆逐艦も個艦対空能力は優れているが、米駆逐艦のそれは同等か下手をすれば上回っているかもしれない。

 だが、なにより違うのは空母一隻あたりに割り振られた護衛艦艇の数の差だ。


 「たかが空母一隻を守るのに、一〇隻近い護衛艦艇をあてがうなど贅沢にもほどがあるだろう」


 胸中で淵田中佐が羨望交じりの抗議をあげる中、部下の一機が被弾する。

 その機体は発動機から炎と煙を噴き上げマーシャルの海へと滑り込むように墜ちていった。

 さらに輪形陣の内側に侵入する際に別の一機が至近距離からの機銃による十字砲火を浴びて爆散する。


 相次ぐ部下の死に、だがしかし淵田中佐に出来ることは無い。

 出来ることといえば敵空母を撃沈し、戦死した搭乗員の霊前にその吉報を捧げることだけだ。

 その淵田中佐の目に敵空母の姿が映り込んでくる。

 艦橋の後方に巨大な煙突を持つ長大な姿。

 「レキシントン」級空母の「レキシントン」かあるいは「サラトガ」のいずれかだろう。


 艦首波を見る限り、目標にした空母は三〇ノットを大きく超える速度で驀進しているようだ。

 だが、一方で巨体が災いしているのか回頭性能はそれほどでもない。

 あるいは、これまで「蒼龍」や「飛龍」といった三四ノット以上の快速を誇る機動性抜群の高速空母を相手に訓練をしてきたことで、自分の評価基準が厳しいだけなのかもしれない。

 いずれにせよ、的が大きくて小回りの利きにくい相手は好都合だ。

 七機にまでうち減らされた「赤城」第一中隊は理想の射点に遷移すべく機動する。

 敵空母からの砲火は凄まじかったが、回頭しながらの射撃では精度が出せないのか直撃を食らう機体は無い。


 「用意、テッ!」


 敵空母の未来位置に向けて九〇〇キロ近い九一式航空魚雷が投下される。

 後続する六機の部下たちもそれに続く。

 魚雷を投下すればやることは一つ、一目散の逃走だ。

 敵空母の艦首前方を超低空で抜け、さらに追いかけてくる火箭を躱しつつ輪形陣から抜け出す。


 「目標艦の左舷に一本、さらに一本。右舷に一本、二本、さらに一本」


 逃避行の最中、部下が五本の命中を報告してくる。

 訓練では五割近い命中率を誇る、帝国海軍屈指の技量を持つ「赤城」艦攻隊も実戦ではなかなか思うようにはいかないようだ。

 あるいは、命中したものの不発だった魚雷があるのかもしれない。


 敵の対空砲火の有効射程圏を抜け、村田隊と合流する。

 その瞬間、淵田中佐は息を飲んだ。

 村田少佐の隊もまたこちらと同様に七機しか残っていなかった。

 しかも、生き残った機体もその多くが大なり小なり被弾痕を残している。

 「赤城」隊で生き残ったのは一四機。

 つまり、「赤城」隊はたった一度の攻撃で二割を超える機体と搭乗員を失ってしまったのだ。

 「赤城」隊でこれだけの被害が出た以上、「加賀」隊や「蒼龍」隊、それに「飛龍」隊でも状況はさほど変わらないはずだ。

 あまりにも犠牲が大き過ぎる。

 あと二度同じことを繰り返せば、空母艦攻隊はその戦力を回復不能なまでにすり潰してしまうだろう。

 そう考える淵田中佐の耳に、他の空母を攻撃した「加賀」隊やあるいは二航戦から景気の良い戦果報告が入ってくる。


 「『レキシントン』級空母に魚雷六本命中、炎上のうえ洋上停止」

 「『ヨークタウン』級空母に魚雷八本命中、撃沈確実」


 「ヨークタウン」級の撃沈は間違い無し。

 二隻の「レキシントン」級空母もまたその被雷本数から考えて生存は極めて困難だろう。

 空母三隻の撃沈破は日本海海戦以来の快挙だ。

 だがしかし、そのことを淵田中佐は素直に喜ぶ気にはなれなかった。

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