第17話 艦上戦闘機
第三艦隊の「加賀」と「赤城」、それに「蒼龍」と「飛龍」の四隻の空母から発進した四二機の零戦と六〇機の九七艦攻からなる攻撃隊は米機動部隊はおろかその前衛である水上打撃部隊すらも視認しないうちから米戦闘機による迎撃を受けた。
ほぼ同じ高度、正面の空にゴマ粒のような黒点が染み出してくる。
それぞれ一〇あまり、それが三つ。
この戦域に米軍の航空基地は無いから、それらは間違いなく米空母が放った迎撃戦闘機隊のはずだ。
おそらく、米機動部隊もまた帝国海軍と同様に電探を活用した防空体制を構築、遠距離での迎撃を可能としているのだろう。
敵機を視認すると同時に「蒼龍」と「飛龍」、それに「赤城」の零戦隊が優位ポジションに遷移すべく上昇を開始する。
「蒼龍」と「赤城」がそれぞれ一〇機、「飛龍」は一一機だから数だけで言えば敵とほぼ互角だ。
残る一一機の「加賀」隊は艦攻隊のそばを離れず絶対防衛の構えを見せる。
先に仕掛けたのは米戦闘機隊だった。
まだ、かなり距離があるのにもかかわらず、中翼単葉のずんぐりとした機体の両翼が光る。
同時に四条の火箭がほとばしった。
一方、零戦隊のほうはとっさに機体をひねりその火箭を躱す。
開戦劈頭、在比米航空軍との間で生起した航空撃滅戦の際、九六艦戦の二倍の火力を持つに至った零戦の攻撃力を過信し、P40との正面戦闘に挑んだ機体があった。
結論から言えば、それは無謀だった。
P40は零戦が装備する七・七ミリ機銃とは比較にならない破壊力を持つ一二・七ミリ機銃を装備していたのだ。
カウンターで一二・七ミリ弾をしたたかに浴びた零戦は防弾ガラスを砕かれ、発動機をずたずたにされてフィリピンの大地へと墜ちていった。
この手痛い教訓によって、今では米戦闘機との正面戦闘はこれを固く禁じられている。
遠距離なのにもかかわらず低伸してきた火箭、だがそれを紙一重で躱した零戦はF4Fの群れと交錯すると同時に機体を翻す。
九六艦戦に比べて大味になったと言われる零戦の旋回性能も、比較対象が九六艦戦でなければ極めて優秀なものであり、明らかに米戦闘機に対して優越している。
敵の後ろを取った零戦は金星発動機の太いトルクを生かして加速、眼前のF4Fに四条の細い火箭を突き込む。
非力な七・七ミリ弾も大量に浴びせれば頑丈な米戦闘機を撃墜出来ることは南方での戦いですでに確認済みだ。
一方、F4Fのほうは零戦と戦うのが初めてだったこと、それにアジア人のつくった機体だからということもあって彼らは零戦の性能を甘く見積もり過ぎていた。
零戦が在比米航空軍の戦闘機隊に打ち勝ったのは、相手が技量に劣る植民地警備軍の航空隊だったからであり、狭い母艦に離発着が出来る米海軍最強のエリート部隊である自分たちには遠く及ばない。
それに、F4Fは昨年末に部隊配備が始まったばかりの最新鋭の機体だ。
最高技量の搭乗員と最新鋭戦闘機の組み合わせ、これで日本人の戦闘機に負けたらどうかしている。
だがしかし、そんな根拠の無いF4F搭乗員の自信は最初の一撃で粉々に砕かれる。
F4Fは零戦の運動性能に翻弄され、自慢の一二・七ミリ機銃を撃つ機会を得られない。
逆に零戦に背後を取られ、その両翼から吐き出される機銃弾をしたたかに浴びたF4Fが破片を撒き散らし、煙を吐き出しながらマーシャルの海へと墜ちていく。
ほぼ同じ数かあるいは米側優勢で始まった戦いは、しかし米搭乗員の油断と慢心によって一気に天秤が日本側へと傾いた。
後は残敵掃討だった。
「蒼龍」隊と「飛龍」隊、それに「赤城」隊の零戦は九七艦攻の護衛を「加賀」隊に委ねF4Fに追撃をかける。
自分たちと干戈を交えた、つまりは実戦経験を積んだ敵を生かして返せば後々面倒なことになる。
鷲は巣にいるうちに焼き殺すか、あるいはヒナのうちに刈っておくのが最も効率が良い。
それを知る零戦の搭乗員たちはここぞとばかりにF4Fを執拗に追いかけまわす。
最初はタイマンに近かった戦いも時間が経つにつれ二対一、三対一へのそれへと変化していく。
運動性能で負け、最高速度も劣るうえに数的劣勢が決定的となったF4FやましてF2Aに零戦の魔手から逃れるすべは無い。
真っ先に若年が悲鳴をあげ、続いて中堅、最後に熟練が断末魔の叫びをあげ、赤黒い爆炎とともに散華する。
マーシャルの空からF4FやF2Aの機体と搭乗員の叫喚が完全に消えるまで、さほど時間はかからなかった。
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