第16話 一航戦被弾

 第一艦隊旗艦の戦艦「大和」から敵編隊発見の緊急電が第三艦隊にもたらされる。

 発見された敵編隊は第一艦隊の東方七〇浬、その規模は百数十機。

 第一艦隊の三〇浬後方を追求する第三艦隊からは一〇〇浬隔たっている。

 それだけの距離があれば迎撃に必要なリアクションタイムの確保は十分に可能だ。

 二度にわたる漢口空襲で被った大損害とその手痛い教訓を糧とし、積極的に電探の導入を図ってきた航空母艦や基地航空隊とは違い、闇夜の提灯と言って電波発信を渋る傾向のある鉄砲屋も、敵偵察機に所在を暴露された後ではその使用をためらう理由は無かったのだろう。


 敵編隊が発見された時点で第三艦隊第一航空戦隊の「加賀」と「赤城」、それに第二航空戦隊の「蒼龍」と「飛龍」にはそれぞれ五個小隊二〇機の零戦があった。

 本来であれば各空母ともに二個中隊二四機が準備されているはずなのだが、フィリピン航空戦における損失に対して補充が追いつかず、いずれの空母も一個小隊が欠けた状態で決戦に臨まなければならなかった。


 零戦隊はそれぞれ目標が重複しないよう、二個小隊が急降下爆撃機、同じく二個小隊が雷撃機を狙い、そして最も腕の立つ小隊が敵の護衛戦闘機を排除するという役割分担だった。

 日本側にとって誤算だったのは、米艦上機が戦闘機や急降下爆撃機、それに雷撃機ごとにまとまっての進撃ではなく、各飛行隊単位あるいは中隊単位で押し寄せてきたことだ。

 これは、米母艦航空隊が艦隊単位による空中集合の訓練が十分になされておらず、それどころか母艦単位の集合にさえ困難を生じるような有様だったことが理由だ。

 米海軍もまた戦争が始まるまでは帝国海軍と一緒かあるいはそれ以上に厳しい予算の制約を受けていたのだ。


 予想外の米艦上機の進撃のあり様に、それでも零戦隊は可能な限り当初に割り振られた目標に向けてその機首を向ける。

 急降下爆撃機を狙うように指示された零戦は中高空にとどまり手ごろなSBDドーントレスを物色する。

 雷撃機を狙うように命令された零戦は海面を這うように逃げ回るTBDデバステーターを追いかけまわし七・七ミリ弾を浴びせまくる。

 一六機のF4FワイルドキャットとF2Aバファローはそんな味方を死守すべく、爆弾を切り捨てて戦闘機モードに移行した一部のSBDとともに必死の防戦に努めるが八〇機もの零戦から守り切れるものではない。

 護衛戦闘機が手薄なのをいいことに零戦は爆弾を抱えたSBDや魚雷を吊ったTBDを食いまくるが、それでも一三六機もあればどうしても撃ち漏らしは出てしまう。


 獰猛な零戦の防衛網を突破し、さらに第一艦隊上空を通過、そして第三艦隊の頭上に現れたのはそのいずれもがTBDに比べて運動性能に勝るSBDだった。

 零戦の魔手から逃れた一六機のSBDは二手に分かれ、半数は「加賀」、残る半数が「赤城」に迫る。

 搭乗員の大物狙いは洋の東西を問わない。

 排水量が三〇〇〇〇トンを大きく超える「加賀」と「赤城」は第三艦隊の中でも飛びぬけて目立つ。

 「加賀」や「赤城」を守るべく、外周の駆逐艦は必死で高角砲や機銃を撃ち上げるが、四隻の空母に比してその数はあまりにも少なく、濃密な弾幕を形成するには至らない。

 「加賀」と「赤城」は早々に護衛艦艇の対空戦闘に見切りをつける。

 そして、敵の急降下爆撃機の狙いを外すべく舵を目いっぱい切って必死の回避運動を行う。

 一方、激しく撃ちかける「加賀」や「赤城」の高角砲や機銃だが、艦が急速回頭しているために正確な狙いをつけることが出来ず、その火弾や火箭はまったくと言っていいほどにSBDを捉えられない。

 結局、SBDが急降下に遷移するまでに撃墜できた機体は一機にとどまり、「加賀」と「赤城」は一五機のSBDによる投弾を許してしまう。


 SBDのほうは回頭する「加賀」に七発、「赤城」に八発の一〇〇〇ポンド爆弾を投弾することに成功したものの、しかしその成果ははかばかしくなかった。

 SBDの搭乗員に限らず、米軍の搭乗員らは先述の通り訓練が不足しており、中国との戦争で実戦経験を持つ者が多い日本軍のそれと比べてどうしても技量面で見劣りする。

 それでも的が大きかったおかげでSBDは「加賀」に一発、「赤城」に二発を命中させ、両艦をともに発着艦不能に追い込む。

 だがしかし、米母艦航空隊にとってそれが現状で成し得る精いっぱいの仕事だった。

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