第15話 第一六任務部隊

 「日本艦隊発見! 前衛に戦艦四隻ならびに巡洋艦一〇隻、駆逐艦多数。

 さらにその後方に空母四隻を基幹とする機動部隊。上空に敵戦闘機多数、接触維持困難のためいったん離脱する」


 索敵に放ったSBDドーントレス急降下爆撃機からの報告に第一六任務部隊を指揮するハルゼー提督は一瞬相好を崩した後、だがしかしそれをすぐに引き締め攻撃隊の発進を命令する。

 さすがに、先制発見に成功したくらいでにやけた顔を、しかもそれを部下たちの面前でさらすのは指揮官としての沽券にかかわる。

 なにより搭乗員たちはこれから命をかけた戦いの海に、戦いの渦に飛び込んでいくのだ。

 そして、自身も機動部隊の指揮官として彼らの働きに、その活躍にすべてを賭けている。

 ならば相応の敬意をもって送り出さねばならない。

 にやけ顔などもってのほかだ。


 攻撃隊は「エンタープライズ」と「サラトガ」、それに「レキシントン」の三隻の空母から合わせてF4Fワイルドキャット戦闘機が一一機にF2Aバファロー戦闘機が五機、それにSBDが六七機にTBDデバステーター雷撃機が五三機の一三六機からなる。

 護衛の戦闘機が少ないのはマーシャル基地航空隊との戦闘で少なくない機体を撃破されてしまい稼働機が減少していたこと、さらには空母を守るための直掩隊を手厚くしたことによるものだ。

 発見された日本の空母が四隻であるからにはその攻撃隊の規模は最低でも一〇〇機を超えるはず。

 それらを迎え撃つために第一六任務部隊は三六機の戦闘機を手元に残しておかざるをえなかった。


 一方で、攻撃隊のほうは日本側の迎撃が熾烈な場合にはSBDのうちの半数を準戦闘機として対空戦闘に参加させるよう命令している。

 急降下爆撃機にしては機動性が高く、機首に一二・七ミリ機銃を装備するなど武装も充実している最新鋭のSBDは重量物の爆弾を切り離せば戦闘機に準じた力を持つと考えられていたし、ドイツ戦闘機ならばともかく日本の戦闘機であれば対抗可能と判断されていたからだ。

 いずれにせよ、こちらは先制発見に成功し、攻撃隊が順次発艦しつつある。


 「空母戦は叩くべき敵を先に発見できるかどうかでその天秤が大きく傾く。もらったな、この勝負」


 ハルゼー提督が胸中でそうつぶやいた時、参謀の一人が凶報をもたらす。


 「敵の偵察機が第一任務部隊の上空に現れたそうです。同機はさかんに電波を発信、太平洋艦隊主力の位置が暴露されたことは確実かと思われます。

 なお、後方の第一六任務部隊が発見されたかどうかについては今のところ分かっておりません」


 フラグが立つような、いらぬことをつぶやいてしまったという苦い気持ちを押し殺しつつ、ハルゼー提督は命令を出す。


 「攻撃隊の発進を急がせろ。それと、第一六任務部隊が発見されたという前提で直掩機の準備をしておけ。水上打撃部隊の後方に機動部隊を置くという発想は敵も我々も同じのはずだ。敵はすぐに我々の存在に気づくか、あるいはすでに気づいている」


 そう言って、ハルゼー提督は日本の機動部隊の指揮官に思いをはせる。


 「確か、オザワだったな。戦艦馬鹿が多い日本海軍にあって航空機が持つポテンシャルにいち早く気づき、そのうえ空母の集中運用まで提唱したと聞いている。

 俺がやりたかったことと同じことを考えている男だ。黄色い猿とはいえ侮るわけにはいかん」


 だが、とハルゼー提督は思う。


 「マーシャル基地航空隊には奇襲を食らって少しばかり痛い目をみたが、あれはこちらが油断していたからだ。だが、その慢心も消えた今、うちの搭乗員に弱点は無い。

 日本の空母部隊はマーシャル基地航空隊と違って新型戦闘機を運用していると聞くが、フィリピンの陸軍航空軍からの報告によればその新型戦闘機の武装は非力な七・七ミリクラスの機銃が四丁のみだという。一二・七ミリ弾であればかなりの脅威だが、七・七ミリの豆鉄砲であれば多少被弾したところでF4FやF2Aであればそう易々と墜とされるようなこともないだろう」


 感情バイアスの陥穽に陥っていると自覚しつつ、それでも自らを勇気づけハルゼー提督は西の空に向けて次々に飛び立っていく戦闘機や急降下爆撃機、それに雷撃機に物騒なエールを送る。


 「頼んだぞ、ボーイズ。日本の空母をすべて沈めてやれ。キル・ジャップスだ!」

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