第14話 第三艦隊
太平洋艦隊との決戦、つまりは皇国の興廃がかかる戦闘が開始された中、それでも第三艦隊司令長官の小沢中将の気持ちは昂りつつも決してよろしいものではなかった。
自身が指揮する第三艦隊の戦力が完全ではなかったからだ。
開戦時、第三艦隊の「加賀」と「赤城」、それに「蒼龍」と「飛龍」には一四四機の零戦と一〇八機の九七艦攻が配備されていた。
それら空母の艦上機隊は開戦劈頭の在比米航空軍との戦闘で少なからず損害を被っていた。
未帰還となったのは零戦が七機に九七艦攻が八機の合わせて一五機。
強大な戦力を持つ在比米航空軍を相手に未帰還が少なくて済んだのは零戦が当初計画とは違って防弾装備を充実させていたこと、九七艦攻のほうは零戦が完全に制空権を掌握してくれたことによって敵戦闘機に食われた機体がほとんど無かったことが大きな要因だ。
だがしかし、一方で被弾機は続出した。
それぞれ数十機の零戦と九七艦攻が敵戦闘機の機銃弾やあるいは敵の対空砲火によって機体や翼、あるいは発動機などに損害を被っていた。
さらに、それらのうちで半数近くが当たり所が悪かったことで再使用不可と判断されており、当然のことながらこれら機体は戦力から除外せざるを得なかった。
もちろん、戦前にこのことは十分に予想されていたからトラック島には予備の機体ならびに補充の搭乗員が用意されていた。
だが、それらは零戦と九七艦攻がそれぞれ一〇機ほどにしか過ぎず、損失分を穴埋めするにはまったくと言っていいほどに不十分なものだった。
小沢長官も戦艦重視の帝国海軍が航空戦力を冷遇していることについては重々承知していたつもりだったが、さすがにここまで軽視しているとは思わなかった。
この結果、現時点での第三艦隊は空母こそ四隻を擁するが、肝心の艦上機のほうは三隻分をわずかに上回る程度でしかない。
だからと言って、小沢長官に索敵機をケチったりあるいは索敵そのものをおろそかにしたりする考えはなかった。
機動部隊同士の戦いは先に相手を見つけ、先制攻撃をした側が俄然有利になることを誰よりも理解していたからだ。
すでに索敵機は放っていた。
「加賀」から一七機に「赤城」から三機、それに「蒼龍」と「飛龍」からそれぞれ二機の合わせて二四機。
これらが二波に分かれ北東から南東にかけて扇状の索敵網を形成する。
そして、二四機の索敵機のうちのいずれかが敵艦隊を発見次第、四二機の零戦と六〇機の九七艦攻がただちに発進する手はずになっている。
マーシャルに来寇した太平洋艦隊の空母は三隻だと予想されていた。
もし、事前情報が正しければそれらは「レキシントン」と「サラトガ」の二隻の「レキシントン」級空母と「ヨークタウン」級二番艦の「エンタープライズ」で、両タイプともに七〇乃至八〇機程度の艦上機を運用しているものと考えられていた。
米機動部隊は第三艦隊よりも空母の数が少なく、そのうえマーシャル基地によれば来襲した八〇機の敵艦上機のうち二〇機を撃墜し三〇機を撃破したとのことだから、艦上機の数についてはいくぶんこちらが有利のはずだ。
しかし、小沢長官はその戦果を鵜呑みにはしていない。
いかに奇襲に成功したとはいえ低速弱武装の九六艦戦が高速重防御の米戦闘機をそう簡単に食えるものではないということはフィリピンでの戦闘がそれを証明している。
七・七ミリ機銃四丁という、九六艦戦の二倍の火力を持つ零戦でさえ米戦闘機を墜とすのに相当にてこずったのだ。
だからこそ、決戦を前に艦上機が定数を割り込んでいることが返す返すも残念だった。
だが、そんなネガティブ思考を小沢長官は無理やりに振り払う。
「定数を大きく割り込んでいるとはいえ、搭乗員はその誰もが一騎当千の熟練だ。彼らなら多少不利な状況であってもなんとかしてくれるだろう」
そう考え直し、小沢長官は東の空を見据える。
あの遥か遠くの空の下に太平洋艦隊が、米機動部隊が潜んでいるはずだった。
第三艦隊(艦上機はそれぞれマーシャル沖海戦時の稼働機数)
「加賀」(零戦三一、九七艦攻三五)
「赤城」(零戦三〇、九七艦攻二一)
「蒼龍」(零戦三〇、九九艦攻一四)
「飛龍」(零戦三一、九九艦攻一四)
重巡「利根」「筑摩」
駆逐艦「陽炎」「不知火」「霞」「霰」「朝雲」「山雲」「夏雲」「峰雲」「秋雲」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます