第13話 第一艦隊

 マーシャル基地が艦上機による空襲ならびに水上打撃艦艇による艦砲射撃を受けたという報告が入ってきた時点で第一艦隊は同地まであと一日という航程にあった。

 ハワイ沖で太平洋艦隊を監視していた伊号潜水艦の報告を受け、速やかに出撃したことが奏功したのだ。

 また、フィリピンを空襲した第三艦隊も開戦の翌々日には事後を空母「龍驤」ならびに「瑞鳳」に委ね、トラック島へと急いでいた。


 トラック島で機体や物資の補充を受けた第三艦隊は艦隊速度を上げ、現在では第一艦隊の後方三〇浬の位置にある。

 マーシャルの基地航空隊については残念ながら敵の空襲ならびに夜間艦砲射撃によって壊滅状態となっていたから第三艦隊の母艦航空隊との連携はあきらめざるを得なかった。

 しかし、マーシャル基地には二四機の戦闘機と九機の攻撃機、それに若干の水上機や飛行艇しか配備されていなかったから、彼らに対する期待もさほど大きなものではなかったし、それゆえに第一艦隊司令部や第三艦隊司令部が受けたショックもまた小さなもので済んだ。


 マーシャル諸島はその位置から、米国との戦争になれば必ず最前線になると分かっていた。

 それなのにもかかわらず、わずかな数の飛行機しか用意していなかったのは海軍予算の多くを鉄砲屋が愛してやまない戦艦に費やしていたからだ。

 そのうえ、マーシャルには零戦といった最新の機体は一機も配備されておらず、将兵らは九六艦戦や九六陸攻といった旧式機材を使っての戦いを強いられた。

 それでも、マーシャルに展開する戦闘機隊が敵空母から発進したと思しき八〇機あまりの攻撃隊の奇襲に成功、二〇機近くを撃墜し三〇機あまりを撃破したと報告している。

 帝国海軍は漢口空襲の手痛い教訓から早期警戒態勢の構築に邁進し、マーシャル基地にも複数の電探を配備していたのが功を奏したのだろう。

 そして、それら電探と航空無線を活用した航空管制によって機先を制した同地の戦闘機隊は米母艦航空隊に一矢を報いるどころか、相当なダメージを与えた。


 これまでの戦闘の経緯を思い起こしながら、第一艦隊司令長官の高須中将は旗艦「大和」の艦橋で自身が負った責任の重さを痛感していた。

 太平洋艦隊はこの戦いに負けたとしてもフィリピンを失うだけだが、日本の場合は戦争を、下手をしたら国そのものを失うかもしれない。

 大西洋艦隊という大きなスペアを持つ米海軍に対し、日本側は第一艦隊を失ってもそれを補う手段が無い。

 そして、第一艦隊は必ずしも万全な状態とは言えない。

 なによりの問題は四隻の「大和」型戦艦の練度不足だ。

 「大和」と「武蔵」、それに「信濃」と「紀伊」はそのいずれもが就役してから日が浅く、十分な慣熟訓練を行う余裕が無いなかでの出撃となったのだ。

 戦艦という洋上の巨大な戦闘機械を扱うにあたっては相当な訓練期間が必要なことを高須長官は誰よりも知悉している。

 だからこそ、誰よりもそのことに懸念を抱いていた。


 しかし、そのような不安を顔に出すまいと無表情を装う自分とはうらはらに、参謀長である山口少将は泰然自若とした風情だ。

 潜水艦戦隊の参謀や戦艦の艦長、それに航空隊の司令官まで経験しているうえに闘志旺盛な山口少将が第一艦隊の参謀長になったのは司令長官が自分だからではないかと高須長官は考えている。

 海軍にあって珍しく日独伊三国軍事同盟や日米開戦に反対してきた自分は、良く言えば慎重、悪く言えば消極的とみなされている節がある。

 山口参謀長のほうは積極果敢な猛将であり、そのことは中国との戦争でも証明されている。

 その一方で山口参謀長は部下に無理を強いる傾向が強く、高須中将としてはそこらあたりはあまり度が過ぎないようにしっかりと手綱を握ってきたつもりだし、今後もその方針を変えるつもりはなかった。


 今日という日が終わり、明日になれば第三艦隊の空母艦上機による索敵を皮切りに日米両軍が相まみえることになるはずだった。

 敵はいまだにマーシャルに上陸する気配を見せていない。

 つまり、太平洋艦隊は第一艦隊がマーシャルに向かっていることをすでに承知しており、迎撃態勢を整えて準備万端待ち構えているということだ。

 敵の戦力は強大、だがそれを打ち破らなければ日本に未来は無い。


 「頼んだぞ『大和』」


 高須中将は胸中で帝国海軍の切り札にそう呼びかけた。

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