第12話 マーシャル空襲

 「これは事実なのか? 未帰還がF4F一機にSBDが二機というのは、まあ想定の範囲内だ。だが、一方で四〇機近い戦闘機と爆撃機が被弾し、そのうちの三割あまりが再使用不能というのはにわかには信じられん。敵の戦力を考えれば、あまりにも損害が大きすぎる」


 第一六任務部隊を指揮するハルゼー提督は、マーシャルに展開する日本軍との航空戦の報告に少なからず衝撃を受けていた。

 同時に癇癪が爆発しそうになるのを必死でこらえている。


 「遺憾ながら、損害については『エンタープライズ』と『サラトガ』、それに『レキシントン』から上がってきた報告を集計したものです。戦果確認とは違い、損害調査のほうは慎重に出来ますからまず間違いありません」


 鎧袖一触だと思っていたマーシャルの日本側航空戦力は、だがしかし意外に手ごわかった。

 F4Fワイルドキャット戦闘機が一八機にF2Aバファロー戦闘機が九機、それに五四機のSBDドーントレス急降下爆撃機によるマーシャル基地空襲はその投入戦力の大きさからいって成功は間違いなしと思われていた。

 事前予測では、この戦域に展開する日本側の航空戦力は連絡機や輸送機を含めたとしてもせいぜい数十機程度でしかないと判断されていたからだ。

 だがしかし、第一六任務部隊が放った攻撃隊は二〇機あまりの敵戦闘機の待ち伏せを受けてしまった。

 優位高度で、しかも太陽を背にした脚出し式の戦闘機に上からかぶられた攻撃隊は大混乱に陥った。

 機先を制された攻撃隊は大打撃を被り、戦闘機の三分の一、それに爆撃機の半数が被弾、運の悪い機体はそのままマーシャルの空に散華した。

 しかも、その旧態依然とした戦闘機はその後にF4FやF2Aと空中戦を行い、異常ともいえる旋回性能を武器に米戦闘機隊を翻弄した。


 「分からないのは攻撃隊が待ち伏せされていたことだ。電波管制を厳にし、そのうえ真珠湾を発った直後以外は敵潜水艦とは遭遇していないはずだ。それとも、友軍の中に日本軍のスパイが紛れ込んでいるか、あるいはこちらの暗号が解読されているとでもいうのか?」


 奇襲するはずだったのが逆に奇襲されてしまった。

 攻撃隊の搭乗員が受けたショックも大きかっただろうが、それは作戦指揮をするほうも同じだ。


 「日本側に我々の暗号が漏れている兆候はありません。おそらく、日本側はマーシャルにレーダーを配備していたのでしょう。レーダーによって遠方から相手を発見出来れば、待ち伏せに必要なリアクションタイムを確保することが出来ます。日本の戦闘機隊はその時間を使って高度を稼ぎ、太陽に紛れて攻撃隊の頭上を襲った」


 「連中がレーダーを持っているというのか? ドイツ人ならともかく、黄色いサルどもがそんなものを運用しているとはとても思えんのだが」


 ハルゼー提督のあけすけな人種差別発言に航空参謀は眉をひそめそうになるのをなんとかこらえる。


 「あるいはドイツから技術供与を受けたのかもしれません。日本は戦艦の装甲を造る工作機械をドイツから導入していますが、物だけではなく技術や情報、あるいは有能な人材といったものも同国から少なからず得ているはずです。もしそうであれば、レーダーもまたその例に漏れることが無かったというだけのことでしょう。

 それに爆撃隊の搭乗員たちの話によると、滑走路や駐機場に日本機の姿は無かったとのことでしたから、このことも連中がレーダーを持っているという傍証になります」


 航空参謀の言う日本軍レーダー保有説にはあまり納得がいかなかったものの、それでも議論にかまけている時間は無い。


 「敵戦闘機を二〇機撃墜という報告は信用できるか?」


 もし、これが事実なら日本軍の戦闘機戦力はほとんど全滅したことになる。


 「戦場での戦果確認は錯誤がつきものですが、特に空中戦は刹那の戦いですから誤認の幅も大きく実際よりも過大に戦果報告をしてしまう傾向にあります。航空参謀がこういうことを言うのはなんですが、戦果については話半分に聞いておいたほうが無難だと言えるでしょう」


 「だとするとこちらは戦闘機と爆撃機を合わせて三機失いさらに十数機の戦闘機や爆撃機を回復不能なまでに撃破された。だが、その一方で敵戦闘機を一〇機撃墜したということになるな」


 ハルゼー提督の表情がさらに不快の色を帯びるが、航空参謀は言いたくない事実を指摘する。


 「未帰還が三機で済んだことについては敵の機銃が貧弱だったことがその理由として挙げられます。彼らが使用しているのは間違いなく七・七ミリクラスの小口径弾であり、もしこれが我々が使っている一二・七ミリ弾であったとしたら攻撃隊はあるいは壊滅的ダメージを被っていたかもしれません」


 航空参謀の言葉にハルゼー提督は怒鳴りたい衝動にかられるが、それを抑えることに成功する。

 航空参謀は事実を指摘しているだけだということを理性では理解していたからだ。

 それに、認知バイアスや感情バイアスを制御することくらいは、中将ともなれば当たり前に出来なければならない。

 どんなに認めたくないことであってもだ。


 「日本艦隊との決戦を前にこれ以上の艦上機の損耗は避けるべきだな。よって、第二次攻撃隊は出さん。夜になったら護衛の重巡を切り離してマーシャルの日本軍飛行場に艦砲射撃をかけさせろ」


 艦上機による攻撃だけで日本の航空戦力を撃滅出来なかったのは悔しいが、今はプライドよりも実利を優先すべきだった。


 「分かってはいたが、戦争とはなかなかうまくいかないものだ」


 自身の命令によって動き出した司令部スタッフを見守るハルゼー提督は、一方で誰にも分からないように嘆息した。

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