第11話 太平洋艦隊出撃
ミッドウエー島やあるいはウェーク島への航空機輸送任務にあたっている空母「エンタープライズ」ならびに「レキシントン」の帰りを待ち、さらに遠く本土で整備中だった同じく空母「サラトガ」を急いで真珠湾に呼び戻す。
また、戦艦「ペンシルバニア」の出渠を急がせ、整備中あるいは訓練中だった巡洋艦や駆逐艦の作業を可能な限り繰り上げさせる。
さらに、出撃可能な潜水艦をもってマーシャル近傍海域に散開線を形成させ、水上艦艇には一隻の例外もなく燃料や弾薬を補給する。
これらのことが一日や二日で出来るはずもなく、真珠湾に一番遅れてやってきた「サラトガ」が太平洋艦隊に合流した頃には開戦からすでに一週間以上が経過していた。
その「サラトガ」に慌ただしく補給作業を行った後、太平洋艦隊の各艦艇は抜錨する。
太平洋艦隊の目的はフィリピンで孤軍奮闘する友軍の救出だが、まずはその地ならしとしてマーシャルに展開する日本軍を撃滅、同時に同地を攻略する。
ここに臨時の前進拠点を建設したうえで、その後トラックやパラオといった日本軍の要衝を撃破しつつフィリピンへとその歩を進めるのだ。
その太平洋艦隊はパイ提督が指揮する水上打撃部隊ならびにハルゼー提督が率いる空母部隊、それに上陸部隊を乗せた輸送船団の三群からなる。
当初、太平洋艦隊司令長官のキンメル大将は自身が戦艦「ペンシルバニア」に座乗して陣頭指揮を行うつもりでいた。
指揮官先頭はふつうによくあることだし、そうすることで将兵たちの士気は間違いなく上がる。
それに、キンメル長官自身も人間だから欲が有る。
英国にはネルソン、日本には東郷といった世界の海戦史に燦然とその名を轟かせる偉大なる提督がいるが、しかし米国には彼ら二人に匹敵するような存在はいない。
もしここで、キンメル長官自身が日本の艦隊を撃滅し、そのことで戦争を早期に収めることが出来たのであれば、自身もまたその名を歴史に刻むことが出来る。
しかし、キンメル長官の願いがかなうことはなかった。
合衆国海軍上層部から許可が下りなかったからだ。
艦隊が出撃すれば、当然のことながら電波管制が実施される。
電波を垂れ流し、自身の所在を暴露しながら進撃するようなアホな真似をする軍隊など無い。
一方で電波管制をしたままの状況では、広大で複雑な太平洋戦域の作戦指揮など出来ようはずもない。
それと、キンメル長官がまかり間違って戦死でもしようものなら、合衆国が被る軍事的あるいは政治的ダメージは甚大だ。
そのことから、キンメル長官の陣頭指揮についてはにべも無く却下されたのだった。
キンメル長官に代わり水上打撃部隊の指揮を任されたパイ提督は、新しく旗艦とした戦艦「ウエストバージニア」の艦橋で、出撃する自分を激励しつつ羨望の色を隠せなかったキンメル長官のことを思い出している。
「可能性は極めて低いが、日本海軍が新型戦艦を就役させていることも考えられる。情報部によると、その戦艦は三五〇〇〇トン乃至四〇〇〇〇トンで主砲は三六センチあるいは四〇センチ砲とのことだ。おそらく、その戦力はSHSを運用する『ノースカロライナ』級には及ばないものの、しかし旧式戦艦よりは明らかに上のはずだ。何年も以前に建造された『長門』や『陸奥』より弱いなどということはありえんからな。
そこで、だ。もし、日本が新型戦艦を投入してきた場合で、かつ戦況が不利だと判断したら躊躇なく撤退してほしい」
あの時キンメル長官の口から出てきた言葉にパイ提督はひどく驚いたことを覚えている。
「日本海軍は新型戦艦をすでに就役させているのですか? そのような話は今までまったく聞いたことがないのですが」
「あくまで可能性の話だ。さっきも言ったようにその確率は極めて低い。だが、日本がマル三計画において四隻の戦艦の建造を進めていたことは周知の事実だ。
米日関係が険悪化してからというもの、残念ながら連中の新造艦の情報はまったくと言っていいほどに入手出来ていない。だから推測しか出来ないのだが、それでもし連中が建造ペースを加速させていたとすれば、新型戦艦がすでに完成していてもまったくおかしくはないのだ。気をつけるにこしたことはない」
羨望から懸念のそれに表情を変えたキンメル長官に、だがパイ提督は安心してくれとの意を込めた笑顔を返す。
「了解しました。敵は新型戦艦と『金剛』型戦艦、つまりは最大八隻の戦艦を擁しているということを考慮に入れたうえで戦いに臨むことにします」
そう言いつつも、パイ提督としてはそんなことよりもむしろ日本艦隊が現れるかどうかのほうが心配だった。
彼我の戦力差を考えれば、連中は戦いを避けることしか選択肢が無いはずだ。
だが、そのことを言えばキンメル長官に日本の新造戦艦のことを考慮していないと言われそうだし、実際に口にはしないもののパイ提督自身は新造戦艦の件は与太話の類だと考えている。
商船暗号や外交暗号、それに海軍暗号の一部でさえもが筒抜けになっていることに気づけない間抜けな日本人が、しかもそういった連中が四隻もの戦艦の建造状況を完全に秘匿できるとはパイ提督にはとても思えなかった。
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