第9話 マレー沖海戦

 第三艦隊の母艦航空隊や台湾の基地航空隊の猛攻によってフィリピンの戦況が俄然日本側有利に傾いている一方、ここマレーでは不確定要素のために帝国海軍のその誰もが胸中に焦燥を抱いていた。

 その原因となっているのは「プリンス・オブ・ウェールズ」それに「レパルス」という英海軍の戦艦ならびに巡洋戦艦の存在だ。

 両艦については英国がシンガポールへの回航を喧伝したこともあり、帝国海軍もかなり早い段階からその存在を確認、可能な限りの対策を取っていた。

 四一センチ砲を搭載する「長門」ならびに「陸奥」という、「大和」型を除けば帝国海軍最強の高速戦艦の投入がその答えだ。

 「長門」も「陸奥」も鉄砲屋のやりたい放題によって機関を全面換装、さらに装甲も高性能で十分な厚みを持つものを装備した結果、同等の排水量であれば新型戦艦にも対抗可能だと判断されている。


 開戦以降もシンガポールに引きこもっていると思われていた「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」の二隻は、だがしかし実際のところはすでに出撃しており、その行方はようとして知れなかった。

 このため、同方面の日本軍は陸軍海軍を問わず、大いに焦りその緊張は最高潮に達していた。

 だが、その暗雲を伊六五潜が取り払う。

 同艦は「プリンス・オブ・ウェールズ」ならびに「レパルス」の二隻を発見するとともに友軍にその存在を打電した。

 これを受け、南方作戦総指揮官の近藤中将はただちにコタバル方面に「伊勢」と「日向」を派遣、同近傍海域にある上陸船団を徹底防衛する構えを見せ、さらにマレー攻略部隊を指揮する沢本中将に「長門」と「陸奥」を率いて二隻の英戦艦を追撃するよう命じた。


 だが、これら水上打撃艦艇よりも先に動いた部隊があった。

 元山空と美幌空、それに鹿屋空を擁する第一航空部隊だった。

 マレー攻略作戦を空から支援する同部隊指揮官の松永少将は気象条件が悪い中、それでも多数の索敵機を発進させて英艦隊の発見に努めた。

 その甲斐あって、帆足少尉を機長とする九六陸攻が英艦隊を発見、その報を受けた松永少将はただちに攻撃隊を出撃させる。

 英艦隊の攻撃に向かったのは元山空と美幌空、それに鹿屋空の合わせて五四機の九六陸攻だった。

 陸攻は戦闘機に比べて調達単価が高く、そこが鉄砲屋に嫌われたせいで機種の更新が進んでいないうえに数も少なかった。

 しかも、飛び立った五四機のうち雷装はわずかに一八機にしか過ぎず、これも航空魚雷の価格の高さを嫌った鉄砲屋の予算冷遇によるものだ。

 そのうえ、対艦攻撃には絶大な威力を発揮する五〇番や八〇番といった大型爆弾さえ同航空隊には配備されておらず、最大の爆弾は二五番止まりだった。


 それでも飛行機屋、陸攻乗りらは最善を尽くす。

 爆装機は対空砲火が撃ち上げられる中でも整然とした編隊を維持し、「プリンス・オブ・ウェールズ」ならびに「レパルス」に二五番を投下する。

 雷装機は海面ぎりぎりを飛行して二隻の戦艦に必殺の航空魚雷を叩き込む。

 その結果、「プリンス・オブ・ウェールズ」には三本の魚雷と二発の二五番、「レパルス」には二本の魚雷と二発の爆弾が命中、撃沈には至らなかったものの両艦の戦闘力ならびに機動力を著しく減殺させた。


 そこへ追撃をかけてきたマレー攻略部隊が英艦隊を捕捉する。

 被雷によって艦が傾斜し、正確な砲撃が出来ない「プリンス・オブ・ウェールズ」と「レパルス」に対し、「長門」と「陸奥」は二九ノットを発揮出来る韋駄天を生かして相手の内懐に飛び込み、必中距離から容赦なく四一センチ砲弾を叩き込む。

 脚を奪われ、そのうえ艦の傾斜で正確な砲撃が出来なくなった二隻の英戦艦に「長門」と「陸奥」から逃れる術はなかった。


 翌日の新聞には「長門」と「陸奥」が二対二の激闘を制し、「プリンス・オブ・ウェールズ」ならびに「レパルス」を撃沈したという大見出しが躍る。

 日本の誇りとまでうたわれた「長門」と「陸奥」が英国の最新鋭戦艦を下したというこの報道に国民は歓喜し、新聞は売れに売れた。

 一方、殊勲甲だったはずの第一航空部隊の元山空と美幌空、それに鹿屋空の奮闘はベタ記事の扱い、最高殊勲の伊六五潜の活躍に至ってはまったくといっていいほどに触れられていなかった。

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