第8話 フィリピン航空戦

 開戦と同時に第一航空戦隊の「赤城」と「加賀」、それに第二航空戦隊の「蒼龍」と「飛龍」から零戦九六機と九七艦攻一〇八機が二波に分かれて発進した。

 このうち半数はイバ、残り半数はクラークフィールドの飛行場を叩くよう命令されている。


 「赤城」から飛び立った進藤大尉はイバ飛行場に向かう四八機の零戦のうちの半数を占める制空隊の隊長を務めていた。

 「赤城」と「加賀」の二四機が制空隊として敵戦闘機の積極排除に当たり、「蒼龍」と「飛龍」の二四機は直掩隊として九七艦攻を絶対死守する任務だ。

 逆にクラークフィールドを攻撃する部隊は一航戦が直掩任務で二航戦が制空任務となっている。


 その進藤大尉はすでに眼前の青い空からゴマ粒が染み出してくるのを視認していた。

 時とともに飛行機の形を現しはじめた敵の戦闘機、その先端は極めて細い。

 まごうことなき液冷のP40だった。

 その数は五〇機前後といったところだろうか。

 在比米航空軍は一五〇乃至二〇〇機程度の戦闘機を持っているとされていたから迎撃戦力としては妥当だろう。

 米戦闘機はイバだけでなくクラークフィールドをはじめとした重要拠点を守らなければならないし、それに合衆国本土から遠く離れた地では一〇〇パーセントの稼働率を維持することなどまず不可能だ。


 九七艦攻の護衛は「蒼龍」隊と「飛龍」隊に任せ、進藤大尉は「赤城」隊と「加賀」隊を引き連れ二倍近い数のP40の群れに殴り込みをかける。

 思いのほか遠めから撃ちかけてきたP40に対し、零戦はその卓越した運動性能をもって火箭をことごとく回避するが、一方で進藤大尉は敵の機銃の低伸性の高さに驚愕していた。

 その火箭もまた零戦のものに比べて格段に太いからおそらくは一三ミリクラスの機銃なのだろう。


 だが、驚きは一瞬、敵機と交錯すると同時に進藤大尉は機体を旋回させる。

 九六艦戦に比べて大味と言われる零戦の旋回性能も米戦闘機が相手なら十分に通用するようだ。

 あっさりと敵機の背後を取った後は金星発動機の太いトルクを生かして加速、一気に間合いを詰め機銃釦を押し込む。

 左右両翼にそれぞれ二丁ずつ装備された七・七ミリ機銃が背中を晒したP40に次々に吸い込まれていく。

 九六艦戦の二倍の火力を誇る零戦ではあったが、一方で被弾したP40は小さな破片を撒き散らしたものの、何事もなかったかのようにそのまま飛び続けている。

 七・七ミリ弾の非力さに歯噛みすると同時に米戦闘機の頑丈さにあきれながらも進藤大尉は再び距離をつめてP40に機銃弾を注ぎ込む。

 小口径弾でもそれなりの数を浴びせればなんとかなるのだろう。

 煙を吐き出したP40はそのまま機首を下に向けてフィリピンの大地へと吸い込まれていった。


 進藤大尉が一機墜とす間に戦況はがぜん日本側有利に傾いていた。

 二機の零戦がP40を追い回している。

 もともと、帝国海軍戦闘機隊は三機で一個小隊とするのが基本だった。

 だが、三機でひとつの目標を追いかけるのは効率が悪すぎるという鉄砲屋の横やりで今では最小戦闘単位を二機、それを二組の四機で一個小隊とすることに変更されている。

 最初はこの変更に不満たらたらだった戦闘機乗りも、だがしかし四機一個小隊編成をやってみれば意外に悪くなく、さらにドイツ空軍がすでに同じことをやっていると聞き及んでは反対する理由は無かった。


 「零戦はP40に勝てる機体だが、機銃だけは何とかせんといかんな」


 進藤大尉が見たところ、最高速度こそP40が勝っているものの加速や旋回性能は明らかに零戦が優越している。

 だが、一方で火力はP40のほうが断然上だ。

 P40の一連射をまともに食らえば防弾装備が充実している零戦といえども危ないだろう。

 零戦は攻撃力不足だった九六艦戦の反省から一気に火力を二倍に増強したものの、それでも米機に対しては威力が足りない。

 これでは四発重爆のB17はおろか双発爆撃機でさえ致命傷を与えることは困難だろう。

 零戦はその爪と牙があまりにも弱すぎる。

 このことは、必ず上官たちに伝えなければならない。


 「それも生きて帰ってこそだ」


 進藤大尉は自分がもしここで戦死したとしても、火力不足の戦訓は搭乗員の誰かが必ず上層部に問題提起してくれるはずだと確信している。

 だが、それでも自分の口からそのことを報告しておきたいと強く願った。

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