第4話 一二試艦上戦闘機
五月に提示された原案に比べ、正式な手続きのもとに交付された一二試艦上戦闘機計画要求書は一八〇度とまでは言わないものの、ずいぶんと様変わりしていた。
そのことに、設計主務者はまたかと嘆息する。
おそらくは、海軍内におけるパワーゲーム、つまりは鉄砲屋と飛行機屋との間でごたごたがあったのだろう。
陸軍とは違い、海軍はその航空戦備の充実になぜか鉄砲屋が深くかかわっているということを設計主務者は聞き及んでいる。
海軍内における無用の権力闘争で開発側が迷惑を被ることはあっても恩恵を受けることはまず無い。
これまでの経験から、設計主務者はそう思い込んでいた。
だが、なぜか今回ばかりは例外だったようだ。
確かにマイナスも大きいが確実にプラス面もある。
原案のときには六時間以上滞空できることとされていた航続性能については意外なことに大幅に緩和されていた。
もちろん、設計主務者はそのことについて説明を受けていないが、おそらくは海軍の戦術ドクトリンあるいは戦略方針に大きな変更が生じたことは容易に想像がついた。
また、離陸滑走距離や着陸速度についても航続性能と同様にかなりの程度ハードルが下げられている。
設計屋にとっては諸条件の緩和は掣肘からの解放と同義であるのでありがたいことこのうえないのだが、しかし搭乗員たちにとっては由々しき問題なのではないか。
一方で設計主務者の頭を悩ませたのが防弾装備と武装の充実だ。
防弾装備については搭乗員を保護するための鋼板や防弾ガラス、さらには防漏タンクや自動消火装置を採用することが要求されているが、重量増を伴うこれらの装備は間違いなく運動性能や航続性能に無視できない悪影響を与える。
武装も、当初は七・七ミリ機銃四丁を装備するとのことだが、将来的には二〇ミリ機銃を同じく四丁装備できるようにしておくという、かなりの冗長性が求められていた。
さらに、爆弾についても原案では三〇キロ爆弾二発だったのが二五番一発乃至六番四発と、その搭載量の要求は四倍にも増えている。
あるいは、この措置は廃止が噂されている急降下爆撃機と何か関係があるのかもしれないが、さすがに設計主務者といえども簡単には教えてくれないだろう。
それと、戦闘機にとって最重要とされてきた運動性能については特に触れられていなかった半面、逆に速力は三〇〇ノット以上とされていたから、これはこれで結構ハードルが高い。
これらのことから、海軍が求める次期艦上戦闘機像というのは運動性能はそこそこでいいからとにかく速いこと。
そして、無為に搭乗員を失わないで済むよう、撃たれ強い機体にしろということだ。
その代償として航続性能や離着艦性能はある程度妥協してくれるということだろう。
かいつまんで言えば高速強武装、しかし離着艦は難しくて構わない。
設計主務者は、これは鉄砲屋の飛行機屋に対する嫌がらせなのかとも考えたが、さすがにそれは穿ち過ぎだろう。
いずれにせよ、とても艦上機の性能要求とは思えない海軍の求めに対し、しかし設計主務者はその成功のカギが発動機であることを一瞬で理解する。
強武装と充実した防弾装備を両立させようと思えばまずは何においてもパワーが必要だ。
設計主務者は最初、直径が小さくて前方視界が良好な瑞星発動機の採用を考えていた
搭乗員の多くが前方視界に異常なまでのこだわりをもっており、設計主務者としても彼らの意向を軽視するわけにもいかない。
だがしかし、排気量が二八リットルにしか過ぎない瑞星に防弾装備や多数の機銃、それにしかるべき量の燃料タンクを装備すれば、パワー不足によって三〇〇ノットに届かないどころか運動性能にも悪影響を与えることは必至だ。
「一二試艦上戦闘機の発動機は金星一本でいくしかないな。瑞星より排気量が大きくてトルクの太い金星であれば三〇〇ノットは十分に可能だろう。
金星は瑞星や栄に比べて直径が太いから、前方視界を少しでも確保するために機首機銃はこれを廃止し、四丁の機銃はすべて翼内に収めるべきだろう」
そう考えた設計主務者はさっそく仕事にとりかかる。
一二試艦上戦闘機の開発計画を辞退するとの噂のあるライバルメーカーも、あるいは要求変更によって考えを改めるかもしれない。
試作競争に打ち勝つためにも、急ぐ必要があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます