第3話 抵抗勢力減殺

 帝国海軍の主流派である自分たちにたてついた水雷屋や飛行機屋、それにどん亀乗りに対する鉄砲屋の報復あるいは粛清は峻烈を極めた。

 中でも特に反抗的だった水雷屋に対しては、彼らが頼みとする数の力の減殺を図った。

 具体的には「睦月」型以前の一等駆逐艦とすべての二等駆逐艦を新設した海上護衛総隊に転籍させ、魚雷兵装をすべて撤去させた。

 この海上護衛総隊の設立に対し、陸軍や逓信省といった部外者たちは艦隊決戦一本やりだった帝国海軍がようやく海上交通線保護の重要性を理解してくれたのかと喜んでいたのだが実際は違う。

 海上護衛総隊は連合艦隊と同格としながらも、その実態は鉄砲屋に反抗的な「腐れ士官の捨てどころ」だった。

 また、海上護衛総隊は艦艇の数こそ多いものの、そのほとんどは旧式艦であり、それらを指揮する人間たちも海軍の空軍化を訴えた井上少将をはじめ、鉄砲屋にたてついたかあるいは反抗的だった者ばかりだ。


 それでも鉄砲屋たちにも理性は残っており、自分たちと主義主張が違うからといって誰も彼も出世コースからはずすのではなく、有能でかつ政治的主張の強くない者に関しては重用している。

 艦艇のほうも同じで、海上護衛総隊の旧式艦といえども使えるものに関しては飼い殺しにするつもりは無かった。

 これら艦は、魚雷や主砲を撤去した跡に高角砲や機銃を据え付け、対潜兵器も可能な限り新しく高性能なものを装備させている。


 さらに、鉄砲屋たちは水雷屋へのダメ押しとして重巡洋艦に装備している魚雷発射管もまた撤去させた。

 このことに対し、一部の艦長からクレームがあったものの、被弾時の誘爆から艦と将兵を守ること、さらに撤去後の跡地を兵員室にして居住性の改善を図るという建前を押し通して魚雷兵装をすべて降ろさせた。

 この鉄砲屋主導で行われた一連の措置に対し、居住性の明らかな向上によって下士官兵たちはまたしても彼らに感謝し、逆に魚雷発射管の撤去に難色を示した水雷屋上層部に対しては不満を強めた。

 急激な魚雷装備艦艇の減少に水雷屋たちは危機感を募らせたが、下士官兵という帝国海軍最大のマジョリティの人気を得た鉄砲屋に対して取りうるアクションなどほとんど無かった。


 さらに、水雷屋にとどめを刺したのが五五〇〇トン型軽巡の代替艦を建造しないという鉄砲屋の意を反映した海軍上層部の方針だった。

 水雷屋たちは、マル三計画では無理でもマル四計画において旧式化が著しい五五〇〇トン型軽巡の代替艦を建造してもらえるものだとばかり思い込んでいた。

 建艦を要求している六六〇〇トン、三五ノットを発揮するそれは新時代の水雷戦隊の旗艦にふさわしい巡洋艦になるはずだった。

 だが、鉄砲屋で占められている海軍上層部はその建造を認めなかった。

 マル四計画もまた、戦艦の建造を優先するためだ。

 その代わりに「古鷹」型重巡と「青葉」型重巡を五五〇〇トン型に代わって水雷戦隊の旗艦にあてるという方針を示す。

 「古鷹」型重巡や「青葉」型重巡は五五〇〇トン型軽巡とは比較にならないくらい正面火力が強力だ。

 だが、それでも大正時代に設計、建造が進められた艦だから旧式艦には違いない。

 つまり、これは水雷屋には新しい艦など与えないぞという鉄砲屋の意思表示だ。

 実際、マル四計画では他に潜水艦作戦を支援するための巡洋艦が要望されていたが、こちらも建造が見送られている。

 さらに、新規の潜水母艦の建造も巡洋艦と同様に却下され、その代替として複数の五五〇〇トン型軽巡がそれに取って代わられることになっているというからこちらの沙汰も厳しい。


 それと、「吹雪」型駆逐艦と「初春」型駆逐艦については六一センチ三連装魚雷発射管をより軽量の五三センチ四連装発射管に、「白露」型は六一センチ四連装発射管を五三センチ六連装発射管に改めるとともに「初春」型と「白露」型については次発装填装置と予備魚雷も撤去している。

 そこで浮いた重量あるいはスペースに機銃や対潜兵装を増設、さらに主砲も順次平射砲から高角砲へと更新することにしている。


 飛行機屋の状況もまた水雷屋と似たようなものだった。

 空母の新規建造は凍結、艦上機もコスト面と運用面から整理統合が要求され艦上爆撃機の廃止が決定している。

 また、かつて山本中将が積極的に導入を図った陸上攻撃機も、調達コストならびに維持費が高額に及ぶことが嫌われて配備計画が大幅に縮小されていた。

 だが、その一方で数の少ない航空機を無為に失わないで済むよう、自動消火装置や防漏タンクといった研究が進んでいる。

 一連射で火を噴くような機体であれば、数の少ない海軍航空隊はあっという間に消滅してしまう。

 平時でさえ機体設計技術の未熟さや発動機の信頼性の低さで少なくない機体が墜落しているのだ。

 下っ端の鉄砲屋たちは「また蚊トンボが落ちよったか」と笑っていれば済むが、組織を束ね予算をやり繰りする立場の海軍上層部からすれば大きな問題だ。


 それと、飛行機もそうだが他の将兵に比べて格段に養成コストがかかる搭乗員の損耗も抑えたい。

 そのことで、発動機の出力向上で搭載能力に余裕が出来た機体は一機の例外も無く防弾装備を施すことを貧乏性の海軍上層部は強く求めていた。

 その結果、次期艦上戦闘機については発艦距離や航続時間の要件が緩和され、代わりに防弾装備や武装が充実した機体にするよう要求項目の優先順位が変更されている。

 もちろん、鉄砲屋は搭乗員保護とともに負担の大きい長距離飛行を避けるためだという方便も忘れない。

 航続距離重視の一方で防弾軽視という搭乗員の命と負担を軽視する傾向の強い海軍航空上層部とは対照的な鉄砲屋の優しい提案に、海軍の搭乗員らは困惑する。

 それが飛行機屋の権力を減殺すると同時に搭乗員に対する宣撫工作であることに思い至った者は決して少なくはなかったが、しかしそれを口にする者はほとんどいなかった。

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