第2話 朝潮型駆逐艦
軍縮条約明け後、真っ先にその数を揃えたのは戦艦ではなく建造期間が短くて済む駆逐艦や海防艦をはじめとした小艦艇だった。
その駆逐艦における一番手となったのは数ある帝国海軍の駆逐艦の中で初めて基準排水量が二〇〇〇トンの大台に乗った「朝潮」をネームシップとする一〇隻の大型駆逐艦だ。
軍縮条約における排水量制限の軛を逃れた「朝潮」型駆逐艦ではあったが、だがしかし鉄砲屋の呪縛からは逃れることが出来なかった。
水雷屋たちは当初、「朝潮」型に対して酸素魚雷に対応した六一センチ四連装魚雷発射管を二基装備させ、さらに予備魚雷の急速装填を可能する次発装填装置を搭載させるつもりでいた。
だが、そこに海軍上層部、もっと言えば高位の鉄砲屋連中から待ったがかかる。
九三式酸素魚雷は射程や威力については申し分無いものの、一方で量産が困難なうえに鉄砲屋の目から見ればあまりにも高価過ぎた。
戦艦の主砲弾も決して安い代物では無いが、それでも魚雷は桁違いだ。
そのうえ魚雷は複雑な機構なのにもかかわらず、航空機用の四五センチや潜水艦用の五三センチ、さらに水上艦艇用の六一センチとサイズがバラバラだ。
生産や補給、それに製造コストを考えればその種類は可能な限り一本化されるのが望ましい。
ただ、双発機はともかく単発機のほうは今のところ四五センチのものしか搭載出来ないし、潜水艦は発射管のサイズを変更するのは不可能では無いかもしれないがその手間とコストは莫大なものになるから現実的ではない。
一方で水上艦艇のほうは基本的に発射管を取り換えるだけで済むから、潜水艦に比べて明らかに容易だ。
それと、六一センチから五三センチにサイズダウンすれば一本当たりの破壊力は落ちる代わりに搭載本数を増やすことが出来る。
五三センチ魚雷は六一センチ魚雷の六割程度の重量にしか過ぎないからだ。
そして、発射本数が増えれば命中本数もまた上がるのが道理だし、それに五三センチ魚雷にしたところで決して威力が小さいわけではない。
このことで、海軍上層部ならびに鉄砲屋たちは今後生産される魚雷については航空魚雷を除いて五三センチのものに統一する方針を固める。
そして、その影響をもろに受けたのが「朝潮」型駆逐艦だった。
水雷兵装に関して、二基の六一センチ四連装魚雷発射管と予備を含めると一六本の魚雷を搭載するはずだった計画は改められ、五三センチ六連装魚雷発射管二基とされてしまう。
予備魚雷は搭載されないから魚雷を一度ぶっ放してしまえばそれきりだ。
本数で四分の三、重量で二分の一以下に削られた魚雷の代わりに充実したのが対空兵装や対潜装備だった。
これは帝国海軍の対米作戦構想の変更に伴うものだ。
長年、帝国海軍の対米戦に対するドクトリンは漸減邀撃作戦だった。
漸減邀撃作戦は太平洋を西進して来寇する太平洋艦隊を潜水艦や航空機の反復攻撃あるいは水雷戦隊による夜襲によって逐次撃破、十分に弱ったところを主力の戦艦部隊によってとどめを刺すというものだ。
しかし、これを行うには有力な潜水艦隊や航空隊、それに水雷戦隊が不可欠となる。
だが、相次いだ権力闘争のあおりで戦艦偏重の戦備となり過ぎてしまった帝国海軍は、逆に戦艦以外の戦力があまりにも貧弱になり過ぎていた。
もし、友軍の潜水艦や航空機、それに駆逐艦が太平洋艦隊にそれぞれ攻撃を仕掛けたとしても、不十分な戦力しか持たないそれらは各個撃破されてしまうのが目に見えていた。
そのようなこともあり、漸減邀撃作戦はすでに過去の戦術とされ、今では戦艦を中心とした水上部隊とともに潜水艦戦力や航空戦力を糾合した三次元立体戦闘による一撃殲滅戦術と呼ばれるものがそれに取って代わられている。
「朝潮」型駆逐艦もその体系に組み込まれないはずがなかった。
そして、こちらが三次元立体戦闘を構想しているということは、つまりは相手もまた同じことを考えているということだ。
あるいは、考えていなかったとしてもその対策をおろそかにするわけにはいかない。
それゆえ、「朝潮」型の主砲は対空射撃をメインとする八九式一二・七センチ高角砲とされ、さらに対潜装備もこれまでの駆逐艦とは比較にならないくらい充実させた。
また、貧乏性ゆえか無駄な爆雷をばら撒かずに済むようソナーの開発も促進され、その過程で船体や機関から出る騒音や雑音を低減させるための静音対策も施された。
このことで、「朝潮」型は艦隊のワークホースを体現した万能型駆逐艦として竣工することになる。
この措置に魚雷戦特化型駆逐艦を望んでいた水雷屋はいたく失望することになるが、皮肉にも「朝潮」型は万能型駆逐艦となったがゆえに戦場で大いに重宝され、また優秀な対空能力や対潜能力は彼女たちを何度も死の淵から救うことになる。
「朝潮」型駆逐艦(同型艦一〇隻)
・全長一二〇メートル、幅一〇・五メートル
・基準排水量二〇〇〇トン
・二缶二軸三四〇〇〇馬力、最大速力三一ノット
・八九式一二・七センチ連装高角砲三基六門
・二五ミリ三連装機銃四基
・五三センチ六連装魚雷発射管二基(予備魚雷無し)
水雷屋が待望してやまない魚雷戦特化型高速駆逐艦とは裏腹に、対艦ならびに対空、それに対潜能力をバランスよく備えた中速万能型駆逐艦として建造された「朝潮」型駆逐艦は速力こそ当時の水準に及ばないものの、一方でボイラーが三基から二基に減るなど機関容積が従来のものより大幅に縮小出来たことから航続距離や居住性が格段に向上した。
特に居住性の向上は下士官兵から歓迎され、このことは過剰な速力を求めることをしなかった鉄砲屋の手柄として海軍内で話が広まっている。
しかし、これは鉄砲屋による水雷屋と下士官兵の分断政策であり、鉄砲屋の認識は「朝潮」型はあくまでも戦艦部隊をサポートするための艦隊のワークホースであるとともに水雷戦は重視しないという意思表示でもあった。
なお、機関はシフト配置とされ、被弾時の抗堪性ならびに生存性を高めている。
「朝潮」型に続く「陽炎」型もまた同じポリシーで建造されることになるが、こちらは主砲を八九式一二・七センチ連装高角砲から九八式一〇センチ連装高角砲へと刷新し対空能力を一段と高めている。
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