大艦巨砲の連合艦隊

蒼 飛雲

日本勝利エンド希望者は不読推奨

大艦巨砲主義

第1話 密談

 「山本さんが海軍を辞めたという話を耳にしたんだが、それは事実なのか?」


 「ああ、海軍省の同期から聞いたんだが本当らしい。

 もともと山本さんは堀さんが予備役になった時から海軍に不満を抱いていた。そこへもってきてかねてから訴えてきた航空戦備の充実をけんもほろろに拒絶されたんだ。彼がやる気をなくすのも無理はない話だ」


 山本中将は以前から航空主兵を唱え、空母や基地航空隊の拡充と併せ三段式飛行甲板の「赤城」や「加賀」の運用の困難さを主張し、これら二隻を全通式の一段飛行甲板に改造するよう訴えていた。

 だが、友鶴事件や第四艦隊事件によって艦艇の改修が相次ぎ、このことで人手や予算が逼迫する帝国海軍に「赤城」や「加賀」の大掛かりな改造を施す余裕などどこにもない。

 逆に、かねてより「赤城」や「加賀」の膨大すぎる維持費を問題としていた鉄砲屋はこの時とばかりに両艦の廃棄を画策した。

 このことが、どこをどう経由したのかは分からないが、山本中将の耳に入ってしまう。

 鉄砲屋のそのやりように怒り心頭となった山本中将は時の海軍大臣に辞表を叩きつけ、そのまま海軍を去る。

 さすがに、鉄砲屋もこの件についてはやりすぎだと思ったのか、「赤城」と「加賀」の改装は後に認められることになった。


 「それにしても、山本さんはともかく南雲さんは気の毒だった。酸素魚雷の開発成功に意を強くした一部の水雷屋に無理やり担ぎ上げられ、鉄砲屋に反旗を翻すための神輿にされてしまったんだからな。

 一方の南雲さん自身は鉄砲屋に喧嘩を売るつもりはなかった。だが、結果は見ての通りだ。海軍第二派閥の水雷屋は最大派閥の鉄砲屋の逆鱗に触れ、その勢力を著しく削がれてしまった」


 世界で初めて開発に成功した酸素魚雷は、だが一方で水雷屋たちの鼻息を荒くさせた。

 彼らは漸減邀撃作戦において戦艦部隊の前座に過ぎなかった水雷戦隊こそを将来の海軍戦備の主力にすべきだと海軍上層部に迫ったのだ。

 その水雷主兵主義の象徴に担ぎ上げられたのが当時の第一水雷戦隊司令官の南雲少将だった。

 だが、水雷屋が考えている以上に鉄砲屋との力の乖離は大きく、数もさりながら権力の総量ともいうべき差によってその権力闘争は水雷屋の一方的敗北で決着する。


 「そうなると、マル三計画は戦艦中心の戦備が一段と露骨になるのは間違いのないところだな。逆に言えば、航空機や潜水艦の戦備充実を訴えることはつまりは本家本元本流に喧嘩を売るということだ。そのような真似など誰もしたくないだろうしな」


 「その通りだ。マル三計画は戦艦中心の戦備でいくことがすでに決まっている。呉で一番艦、長崎で二番艦、それに横須賀工廠に増設される大型船渠で三番艦、さらに大分に新設される船渠で四番艦が建造されるはずだ。

 で、建造される戦艦のほうだが、俺が聞いたところではその四隻はどうも六万トン級でそのうえ主砲は四六センチ砲を搭載するらしい」


 「それなんだが、海軍はすでに四六センチ砲対応防御の分厚い装甲を製造できる工作機械をドイツに発注済みとのことだ。横須賀や大分の造修施設の追加といい、本来動きの鈍いお役所にしてはずいぶんと手回しが良い」


 「なにせ水雷屋や飛行機屋、それにどん亀乗りの弱体化で連中の顔色をうかがう必要が無くなったからな。つまりは、海軍内で予算の分捕り合戦をやる必要が無い。

 そうなれば、鉄砲屋は誰はばかることなく好き勝手にお買い物が出来る。派閥間の調整や根回し無用の案件であればお役所といえども物事はスピーディーに進む」


 「しかし六万トン級戦艦を、しかも四隻同時に建造するのであれば果たして予算は足りるのか?

 確かに四隻建造すれば量産効果で多少は単価は安くなるだろうが、それでもどんなに少なく見積もっても六万トン級であれば一隻あたりの建造費はとても一億円では収まらんぞ」


 「それについては、駆逐艦や潜水艦の予算を流用するらしい。

 まあ、ぶっちゃけて言えば駆逐艦や潜水艦を造りますよと予算請求しておいて実際にはそれらは建造せず、その資材と金を戦艦建造に回すということだ。あるいは、一時的とはいえ鉄砲屋に立てついた水雷屋やどん亀乗りに対する見せしめといった意図があるのかもしれん。

 それと、空母や巡洋艦については当然ながら新規建造は一切無い。大型艦を建造できる施設は限られているうえに職工たちは軒並み戦艦建造に駆り出されるはずだからな。つまり、金も人手もそのリソースはすべて戦艦に注ぎ込むということだ」


 「しかし、そうなると比較的短期間で建造できる駆逐艦や潜水艦はともかく、空母が足りやせんか。『鳳翔』は古いし『龍驤』は小さすぎるから、まともな戦力になるのは『赤城』や『加賀』を除けば建造中の二隻の高速空母だけだろう」


 「そのことだが、鉄砲屋の連中は特務艦の改造を考えているらしい。

 実際、潜水母艦や高速給油艦の空母への改造プランもすでに策定済みだそうだ。それに、正規空母を建造することを思えばそちらのほうが予算も少なくて済む。小型で一隻あたりの戦力は小さくとも数が揃えばそれなりの力にはなると考えているのだろう。

 それと、これら特務艦艇の多くは神戸にある大手の民間造船所に発注するそうだ。いかに大手といえども軍からの注文が無ければ干上がってしまうからな。

 ついでに言うと、『長門』と『陸奥』の高速戦艦化も計画されているらしいが、こちらは神戸ではなくどこか別の場所でやるらしい」


 「四隻もの巨大戦艦を新造したうえに『長門』と『陸奥』の高速化か。相も変わらず鉄砲屋は戦艦にだけは金を出し惜しみせんな。まあ、人事と財布を握っているのが鉄砲屋の連中だから当然と言えば当然か。

 つまりはだ、これからも海軍内で出世をしたければ鉄砲屋になることだ。その傾向は今まで以上に強くはなっても弱くなることは無いはずだ。実際、目端の利くハンモックナンバー上位のエリート連中はそのほとんどが鉄砲屋に鞍替えしているしな。我々のような本流から弾き出された飛行機屋や水雷屋、それにどん亀乗りにとってはまさに冬の時代だということだ」

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